
世界一の山は新宿から電車で約五十分のところにあった。
高尾山である。
東京都八王子市にある標高五九九メートル、中腹には古くから修験道の道場として栄えた高尾山薬王院がある霊山である。
「行きは初心者用の表参道コースです」との大久保リーダーの言葉に胸をなでおろし、舗装されたなだらかな斜面に歩を踏み出す。記念すべきわがウオーキングライフの第一歩だ。いきなり山はキツいかなと正直ビクビクしていたのだが、登山という感覚はまるでない。終わらない坂道を延々と歩く感じ。なるほど、登山道ではなく薬王院へと向かう参道なのだ。外国人女性がヒールで登ってしまうというのもうなずける。
とはいえ、周囲は千数百種類の植物が生きる高尾の森林。青い空に真っすぐ突きささるような杉を見上げると、いつもパソコンの前で丸まっていた背中がスッと伸びていく。足もとは日常、それを豊かな自然が包む…このギャップが高尾山が愛される理由なのだろう。
一時間ほど歩き、ケーブルカーの終点、高尾山駅に到着。売店で「天狗焼」なるものを見つけ、さっそく購入。天狗の顔をかたどった今川焼きなのだが、甘さ控えめの黒豆餡で美味。疲れた体にほどよい糖分が染みわたる。足も軽くなり、そこから山門を経て薬王院まではあっという間だった。
天狗のすむ山と呼ばれるだけあって、薬王院にも天狗像や巨大な天狗の面が飾られていて、街なかの寺とは趣が違う。天狗様のお出迎えとはいかにも山寺っぽくて心が浮き立つ。新しき令和の時代の御加護を天狗様に祈ってみる。
「お主の願い、聞き受けた」
頭の中で天狗様がかんらと笑う。お、なんだか願いが叶いそうだ。
参拝を終え、ふと疑問がわいてきた。それにしても、このこぢんまりとした山のどこが世界一なんだ…?
「それは人気ですよ」大久保リーダーが教えてくれる。なんと高尾山の年間登山者数は二百六十万人で、世界一多くの人が訪れる山としてギネスブックにも認定されているのだ。「今日は平日だからすいてるけど、これが紅葉シーズンの休日だったら参道は大渋滞ですよ」
人であふれる登山道…渋谷のスクランブル交差点同様に、外国人観光客がその混雑ぶりを撮影するのかもしれない。なんとも日本らしい“世界一”ではないか。
(まいた・ようへい=芸能ライター)