六本木 文学散歩

六本木
「文学散歩⑩ 六本木~」例会の様子

 仕事でよく行くのだが、いつまでたっても歩き慣れない街がある。

 東京・六本木である。

 特に夜の六本木はドキドキしてしまう。行き交う人々が派手で外国人も多い。彼らが醸しだす“遊び慣れてる感”に妙に緊張してしまうのだ。あの感じは、遊んでこなかった人間にとってはなかなかに敷居が高い。

 万歩クラブの例会で六本木界隈の文学散歩があると聞いたとき、頭に浮かんだのは大沢在昌の世界だった。夜、酒、ドラッグ、外国人、ヤクザ…ハードボイルドな六本木。私が夜の六本木に緊張するのは、このイメージがあるからなのかもしれない。

 しかし、田中満月義リーダーの案内で朝から歩いた六本木はまるで別の顔をしていた。「赤毛のアン」の村岡花子が通った東洋英和女学院、島崎藤村が「夜明け前」を執筆した頃暮らしていた旧居跡、梶井基次郎、三好達治、伊藤整らが暮らす下宿があった植木坂などなど外苑東通りを内に入れば、多くの文人たちが生活の場としていた文学の街でもあったのだ。

 下町情緒あふれる麻布十番も、小林多喜二が特高警察から逃れるためにこの界隈の隠れ家を転々としていたなどと聞かされると、ガラッとその色を変える。いっぽうでこの街は「美少女戦士セーラームーン」の舞台でもある。そう思ったら、今度はキラキラと原色に輝き出すから面白い。

 時代とともに人は移り変われども、六本木、麻布は表現者を惹きつけてやまない街なのだろう。

 麻布十番商店街を少し西に歩き、曹洞宗の寺院、賢崇寺に入った。詩人・蒲原有明の墓や二・二六事件に関与した青年将校二十二士の墓所を参ったあと、田中リーダーが「あと一つご案内したいお墓があります」と新しめの区画へと歩を進める。現れたのは女優帽をかぶり、ワインボトルがかたどられた不思議でモダンな墓石だった。「故・川島なお美さんのお墓です」と言われて、「あぁ」と思わず声が漏れる。同時に彼女と飲んだシャンパンの味がよみがえった。

 十数年前、とある本の企画で川島さんお気に入りのワイナリーを案内していただき、一緒にワインを飲むという贅沢な時を過ごしたことがあったのだ。本当に華やかで、楽しい人だった。思いがけない再会に、何とも言えない感慨とともに手を合わせた。

 知っていると思っていたはずの街にこんなにも多くの発見がある―ちょっと驚いた初の街歩きだった。

今回1万3552歩 距離約9km

(まいた・ようへい=芸能ライター)