演劇の街シモキタを行く

 舞台袖に立った私は恐怖に震えている。もうすぐ幕上がるというのにセリフが一つも頭に入っていないのだ。しかし、残酷にも時は過ぎ、私はきらびやかに輝く舞台へと押し出される―。

 こんな悪夢を見て、ハッと汗だくで目覚めることが年に二、三度ある。「それ、役者あるあるですよ」と若い女優さんに指摘されたが、私は役者ではないし、もちろん舞台に立ったこともない。たぶん、観劇するたびに、もし自分があそこに立って膨大なセリフを与えられたら…と勝手に想像し、恐怖しているからだろう。それ故、私は舞台役者を尊敬してやまない。

 大久保貴リーダーの案内で「演劇のまち・下北沢」という例会が行われたのは、半年以上も前の二月初旬だった。雪が舞い散る極寒のなか、震えながら歩く。代々木公園から古賀政男音楽博物館を経て下北沢に入った。

 大久保リーダーの小学校時代の同級生という縁で、俳優の柄本明氏の「アトリエ乾電池」を見学し、下北沢演劇界の興味深いお話をうかがった。演劇の街として知られる下北沢だが、象徴的存在の「本多劇場」がオープンしたのは一九八二年。まだ四十年もたっていない。オーナーの本多一夫氏がその後も次々と小劇場を建て、夢の遊眠社や第三舞台、大人計画などの劇団が下北沢をベースに知名度を上げていった。同時に下北沢も独特の文化を持ったユニークな街へと成長していったのだ。

 個性的な若者が多く、道行く人が皆、どこか自分を演じている雰囲気がある。立ち並ぶ印象的な飲食店や古着屋、そこに小劇場やライブハウスも溶け込んでいる。本多グループの小劇場第一号の「ザ・スズナリ」は周囲の飲み屋もいかにも演劇的。まるで舞台セットの中に迷い込んだかのような不思議な気持ちになる。

 八月末、半年ぶりに下北沢を訪れた。街は再開発の真っ最中で、駅周辺は以前よりもかなりすっきりしていた。駅を出て十㍍ほど歩いたところで、「お笑いライブ観ませんか」と若手芸人から声をかけられる。入場料も半額の二百五十円でいいと言うので、ウマ村事務局長とともに劇場へ。

 パイプ椅子が十六脚のみ並んだ、これぞ小劇場という景色にうれしくなる。正直、ライブは「頑張れ」というレベルだったが、夢を追う若者たちの熱を間近に感じられて刺激になった。ウマ村さんとお笑い&演劇談議に花を咲かせながら、シモキタの夜は更けていった…。

今回9321歩 距離約6km

(まいた・ようへい=芸能ライター)