発祥の地巡り編

 いつもとは視点を変えて歩くことで新たな発見があるのが街歩きの醍醐味。そんなポリシーのもと、通常の例会とはやや趣の違うテーマを提案するのが金子眞佐雄リーダーだ。今回は「発祥の地巡り」と題し、約十㌔を歩く。渡された行程表を見て驚いた。普通の街歩きの例会だと十カ所ほどのチェックポイントが、なんと三十二カ所もあるのだ!

 学習院開校の地を皮切りに、東京外国語学校、東京大学発祥の地を次々と巡っていく。皆、神田錦町にあり徒歩十分圏内。いずれも明治初期の開校で、当時の神田は高等教育の街として学校が林立していたのだ。そこから少し歩いた場所には硬球を握る手の像があり、「日本野球発祥の地」と記されている。東大がまだ第一番中学と呼ばれていた時代に米国人教師が生徒たちに教えたのが野球の始まりということで、この地に記念碑が建てられたのだ。日本の最高教育の場で日本で最も盛んなスポーツが生まれたというのもなかなか面白い。

 神田神保町を抜け、小川町へ。まるで高級ホテルのような明治大学の校舎が見えてきた。わが母校だが懐かしさはみじんもない。私の時代にはリバティタワーなど存在せず、なんの変哲もない灰色の古びたコンクリート校舎に通っていたものだ。タワーの向かい、日本大学理工学部の校舎の前が、法政大学発祥の地。「明大と日大に挟まれている。面白いでしょ。ちなみに明大発祥の地は数寄屋橋にあります」と金子リーダーが解説してくれる。

 そもそも今回のルートは金子リーダーが田原町の自宅から小川町の勤務先へと通う通勤路。歩いている途中にやたらと発祥の碑が目につくのが気になったことから発想したという。

 千代田区は大学発祥の地が多かったが、文京区に入ると湯島天神には都々逸、講談高座発祥の碑があり、台東区には上野公園に駅伝発祥の記念碑、そして「柔道の父」嘉納治五郎が門弟らとともに柔道の稽古を始めた永昌寺もある。

 大学も芸能もスポーツもほとんどの発祥が明治初期で、その時代のこの場所で一気にすべてが花開いた。まさに日本の近代文化のカンブリア爆発がわずか十㌔圏内で起こっていたというわけだ。

 ラストの川柳発祥の地に立ち、今日の気持ちを詠んでみる。

 百年の時を万歩で飛び越える

今回1万6008歩 距離約10.5km

(まいた・ようへい=芸能ライター)