永田町編

 人生における選択で時に大きな過ちを犯すことがある。人間だもの。私の最初の過ちは大学の法学部に進学したこと。就職にも有利ではないかと安易に選択したのだが、授業が始まってみて法律の文章がまるで読めないことに気がついた。

 もともと本を読むことは大好きだったから、それが逆に災いした。法律の文章はとにかく分かりづらい。はっきり言えば、嫌いな文章だった。それゆえに拒否反応も強く、六法全書も専門書も開くのが苦痛になった。大学での勉強に入学早々、挫折したのだ。

 国会議事堂&最高裁判所という日本の中枢機関の見学会は、もともと夏の暑さ対策の例会として行われたもの。スケジュールが合わず参加できなかったので、この冬あらためてウマ村事務局長と歩くことにした。

 法学部を出ているのに法律のことをまるで知らない。そんなコンプレックスを抱える私にとって、司法の最高機関であり憲法の番人的な存在である最高裁判所を訪れるのは複雑な思いもあった。石造りの立方体が重なった独特な外観とは対照的に、中は広々とした空間にあふれ、大ホールにしろ大法廷にしろ、見学が許される場所は静謐かつ開放的な雰囲気である。

 大法廷で横並びの十五の裁判官席を目にすると、やはり厳粛な気持ちになった。最高裁は法律審だから事実認定のための証言台がない。ここには争いはなく、ただ法の下における最後の審判が粛々と行われるのだ。

 最高裁判所の現代的でクールなたたずまいとは違い、国会議事堂はクラシカルで人のぬくもりが感じられる建物だった。階段の手すりや調度品はすべて木製。窓は少なく、建物全体が暖色系の照明に包まれているからそう感じるのだろう。もしかしたら、社会科見学の小学生と一緒に回ったからかもしれない。

 ニュース番組でおなじみの議場は、実際に傍聴席から見下ろすとまるで劇場のよう。子どもたちも圧倒されたように目を見張っている。ここでは侃々諤々の論争があり、時には怒号すら飛び交う。そういう意味ではやはり人間くさい場所なのだ。

 原稿を書きながら、学生時代の挫折が今の自分をつくっているのかも…とふと思う。できるだけ分かりやすく人の(自分の)思いを伝える。それが物書きとしての私のモットーだから。

今回1万526歩 距離約6.5km

(まいた・ようへい=芸能ライター)