聖地巡礼 広島へ 後編

 映画「この世界の片隅に」には、主人公のすずが広島県産業奨励館をスケッチするシーンがある。緑青色の山高帽のようなドームを有する美しい建物だ。今、目の前に「原爆ドーム」と呼び名が変わった産業奨励館が立っている。

 ニュースなどで見知ったその廃墟は、圧倒的な存在感で胸に迫ってくる。ただ、すずの描いた絵を見ていなければ、たぶんローマのコロッセオを見たときの気持ちとさほど変わらなかっただろう。希少な歴史的建造物を目の当たりにしたという感慨だ。しかし、私はすずの目を通して産業奨励館を知っている。あの美しいドーム屋根を…。

 同時に、この広島で当時の人々がどんな暮らしを営んでいたのかも疑似的に体感している。失われたものがどのようなものだったのかも、おぼろげながら想像することができる。脳裏にその光景を思い浮かべながら目をつぶる。黙とうを終えると、がれきの中で丸まっている猫と目が合った。

 相生橋を渡り、平和記念公園へと足を踏み入れる。映画の冒頭、幼きすずが‶初めてのおつかい″で訪れた中州の町がここである。その活気あふれるにぎわいにすずが目を輝かせ、あまりの人混みに迷子になり、人さらいに連れ去られそうになった広島随一の繁華街・中島本町。今は戦争による死者を悼む公園となり、静謐な空気に包まれている。

 本川を右手に眺めながらすずの生まれた土地、江波へと向かう。小舟に乗って中島本町へとおつかいに来たすずのルートを逆にたどっているわけだ。ノベライズを書いているとき、川下から川上へ、果たして櫂一本で漕いでいけるのだろうかと疑問だったのだが、本川を見て合点がいった。海に近いので川全体が凪いでおり、流れがほとんどないのだ。これなら櫂一本で小舟が遡っていけるだろう。百聞は一見にしかずである。

 三十分ほど歩くと、かすかに潮の香りが漂ってきた。江波港だ。すずの実家、浦野家が海苔を作っていた遠浅の海は今では埋め立てられ、さらに住宅街が続く。小さな商店のガラス戸に「お帰りなさい すずさん」と記された映画のポスターが張られている。

 すずが暮らした町を歩いてみて、あらためて思う。「この世界の片隅」に暮らす名もなき人たちの人生の、なんと豊かで面白く、かけがえのないことか。

※四月三日に取材しました。

今回9943歩 距離約6km

(まいた・ようへい=芸能ライター)