WEB限定 書き下ろし小説

セルマVSトリシア!?

2

「相変わらず、この店は騒々しいな」
 入ってきたのは、旅の服装をしたひとりの青年。
「フェリノールさん?」
 森の妖精アールヴの長の息子で、魔法使いアンリやアムレディア姫とともに戦った英雄のひとり、そしてセルマの古い友人でもあるフェリノールだ。
「あんたもこっちに来な」
 セルマはフェリノールのことも、近くに呼び寄せる。
「なんだ?」
 眉をひそめながらも、従うフェリノール。
「家賃」
 セルマはアールヴに向かって手を差し出した。
 そう。
 このフェリノールも、三階に部屋を借りているのだ。
「私がここの部屋を利用したのは、この半年で三日ほどだぞ? それで家賃を払えなどど……」
「家賃!」
 セルマはフェリノールの抗議をさえぎる。
「あんたが実際に使ってなくても、部屋は取ってあるんだから! アンリやレンはちゃんと払ってるよ!」
 アンリやレン、それにアムレディアも自分の部屋を?三本足のアライグマ?亭に持っているが、この三人はちゃんと家賃を払っている。
「そうか?」
 フェリノールは、それがどうした、というような顔をする。
「やつらはやつら、私は私だ」
「……こいつ、十か月払ってない」
 記録を調べるセルマの手が、ワナワナと震える。
「十か月待てたのだ。一年待てないことはないな」
「こ、この不良アールヴ!」
 セルマはフェリノールに向かって椅子を振り上げた。
「わーっ! セルマさんが怒った!」
 あわてるスピンクス。
「逃げた方が良さそうですわね!」
 雪の乙女は提案する。
「とりあえず、私の部屋に立てこもりましょう!」
 と、メデューサ。
「フェリノールがよけいなこと言うから!」
 メデューサの部屋は、三階の端。
 階段を駆け上がりながら、トリシアは横目でにらむ。
「私のせいではない。これはいわば、人間とアールヴの文化の違いだな」
 並んで走りながら、フェリノールは肩をすくめた。
「フェリノールさんのお父さんって、アールヴの長なんでしょ? どうして貧乏なのよ?」
「貧乏って言うな。誇り高きアールヴは、人間の金貨など持ち歩きはしないのだ」
「い、いばることじゃないよね」
 バタン!
 五人はとりあえずメデューサの部屋に飛び込むと、扉を閉める。
「ねねねね! セルマさん、大家だし、ここの鍵持ってるんじゃないの!?」
 と、スピンクス。
「こうすれば!」
 メデューサは壁に立てかけてあったモップを手に取ると、ドアノブに引っかけてカンヌキの代わりにした。
「よし! これで入ってこれません!」
「無駄な抵抗のような気が……」
 勢いで一緒に逃げてはみたものの、トリシアはだんだん不安になってくる。
「そんなことはありません。こんなこともあろうかと、非常用の食料をためてあるんです」
 メデューサはベッドの下から、ズルズルと箱を引っ張り出した。
 中には、山ほどクッキーやキャンディーが入っている。
「これで十日は、この部屋に立てこもれます」
「そんなに食料買うお金があったら……。って、そういえば思いだした! あんた、わたしのとこの治療費も、まだ払ってないよね?」
 トリシアはこめかみを押さえた。
「すべてはデートのためです!」
 言い切ったメデューサは、この家賃不払い組でも一番、たちが悪そうである。
「分かりますわ! 愛はすべてに優先するんですわね」
 情熱的な恋にあこがれる雪の乙女は、うっとりとした顔になる。
「とにかく、大家さんの怒りが収まるまで、ここから動けないってことだよね?」
 クッキーを食べ始めるスピンクス。
「それを待つしかないかあ」
 トリシアは寝台に座ると、扉の方を見る。
 だが。
 その扉の外では、セルマがフィリイに何かを命じていた。
「……お行き」
「はーい」
 ポンッ!
 半吸血鬼のフィリイはコウモリの姿に変身すると、窓から外に出てグルリと回り、メデューサの部屋の窓から中に入り込む。
「何です、このコウモリは!?」
 コウモリに気がつく雪の乙女。
「変身ー」
 フィリイは人間の姿に戻ってトンと床の上に立つと、扉に駆け寄ってモップを外した。
「はい、どうぞー」
「よくやったね、フィリイ!」
 扉が開き、セルマがズカズカ入り込んでくる。
「逃ーがーさーん!」
 ぐいっ!
 まずスピンクスが、尻尾をセルマにつかまれた。
「あーん! 捕まっちゃったー!」
「窓から! こんなこともあろうかと、下にワラがつんでありますから、飛び下りても平気です!」
 メデューサは、フィリイが入ってきた窓を指さした。
「スピンクスさん! あなたの犠牲、無駄にしませんわ!」
「まあ、命まで取られはせん。……たぶんな」
 ダッ!
 意外とあっさり見捨てて窓から飛び下りる、雪の乙女とフェリノール。
「ごめん!」
「急いでください!」
 トリシアとメデューサもそれに続く。
 ドサッ!
 トリシアたちの体はワラ山ではねて、地面に転がった。
「今度はどこに隠れます!?」
 ワラまみれになった雪の乙女が、みんなを見た。
「診療所に!」
 中庭を通り、トリシアが先頭になって走る。
 だが、その時。
「ト、トリシア先生!」
 誰かが、トリシアを呼び止めた。