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フローラとさまよう幽霊船

     フローラとさまよう幽霊船

「ねえ、英国にはまだ着かないの?」
 波の高い灰色の海を進む船の上で、フローラはタルの上に座ってあくびをしていた。
「まだこのあたりは地中海。大西洋に出てもいないんだ。あせらない、あせらない」
 ロープの手入れをしながらオーウェンが答える。
 ここまでいろいろと事件はあったが、航海は今のところ順調。
 だいたい、行きの道のりの半分ぐらいのところまで来ている。
「でも退屈ー」
 フローラは空を見上げた。
 朝起きた時からずっと霧が立ちこめ、太陽も見えない。
「この霧だと、今、どこを航海しているのかも分からないわ」
「確かに」
 あたりを見回しても、真っ白。
 自分のそばにいる人の姿さえ、ぼんやりとしか分からない。
「……フローラ、だよね?」
 声のする方に顔を向け、オーウェンはいちおう確認する。
「当たり前でしょう!? こんな可愛い声の女の子が他にいて!?」
「……確かに、こんなにガミガミ怒鳴る子は他にいないよなあ」
「なんですって!」
 と、フローラが眉をつり上げたその時。
「船だ! 船が見えたぞーっ! 右前方、十分の一海里!」
 マストのてっぺんで見張りをしていた船員の、悲鳴に近い声が聞こえた。
 海里というのは海の上で距離を測る単位で、二キロメートル弱。
 十分の一海里なら、百八十五メートルほどだから、かなり近い。
「面舵!」
 下手に避けようとして左に舵を切ってしまうと、船の真横に突っ込まれて沈没するかも知れない。
 オーウェンは自分で舵のところに走り、船首の向きを急速に右に向ける。
 次の瞬間。
「あれなの!?」
 息を呑むフローラ。