WEB限定 書き下ろし小説

セルマVSトリシア!?

3

誰かが、トリシアを呼び止めた。
「患者さん!? 急患!?」
 トリシアは一瞬、振り返る。
「いえ、違うのですが……」
 声をかけたのは、背が高く、黒い外套をまとった男性。
 身なりはかなりよく、この南街区の人間ではないようだ。
「だったら、後にして!」
 患者でないのなら、今は構っている場合ではない。
 トリシアは再び走りだした。
「あ、あの……」
 もう一度声をかけようとした男性は、メデューサと雪の乙女の姿を見て絶句する。
「このへんうろついていると、巻き込まれるわよ!」
「……はい」
 男性はその場に立ったまま、トリシアを見送った。
「トーリーシーアー!」
「わ、来た!」
 トリシアたちは診療所の中に駆け込む。
「おや、何事かの?」
 待合室のテーブルの上に座り、裁縫に使う指貫をカップにしてミルクを飲んでいた診療所の住人、レプラコーンが顔をあげた。
「家賃よ、家賃! 扉よ、固く閉じよ、グラッシュ!」
 扉が開かないように魔法で封印をかけながら、トリシアは答える。
「やれやれ、払っておらんかったのか?」
「払わないんじゃなくて、払えなかったの!」
「……全員が?」
 レプラコーンは一同を見渡す。
「うん!」
 何の反省も感じられない、元気な返事。
「セ、セルマも大変じゃの……」
 と、レプラコーンが苦笑を浮かべたその時。
 バキッ!
 診療所の扉が、内側に向かって倒れた。
 その向こうには、腕組みをして立つセルマと、ニコニコ顔のフィリイ。
「魔法はどうしたんです!? 効いてないじゃないですか!」
 トリシアにしがみつくメデューサ。
「だって、あの魔旋律、鍵が開かなくなるだけだもん! まさか、扉を蹴破るなんて思わないでしょ!」
「悪人のみなさーん、もうおしまいですよー」
 と、フィリイ。
「さあ、どうしてくれようか、この連中?」
 セルマは指をポキポキ鳴らしながら、待合室に入ってくる。
「ひぃー!」
 と、その時。
「セルマ」
 壊れた扉のところからヒョイと顔を出したのは、魔法使いのアンリ。
 トリシアの師で、セルマやフェリノールの友人だ。
「店の方にいなかったから、こっちかと思って」
「アンリ、引っ込んでて! あたしは今からこのふざけた連中に、世間の厳しさってものを……」
「はい」
 怒鳴るセルマに、アンリは紙包みを差し出した。
「これは?」
 眉をひそめるセルマ。
「前から欲しがってた、絹のレースのストール。頼んでおいたのが、昨日、届いたんだ」
「……あ」
 セルマの頬が、ちょっぴり赤く染まる。
「覚えててくれたんだ、あたしが欲しそうにしてたの?」
「……思い出したぞ」
 フェリノールが、トリシアにささやいた。
「この前、王城にいっしょに行った時に、あいつ、どこかの貴婦人がしていたストールをずいぶん長いこと見ていたようだった。アンリのやつ、記憶力がいいな」
「いや、それは記憶力の問題じゃなくって、気配りの問題」
 フェリノールには絶対に無理、とトリシアは思う。
「あ、開けていいかい?」
 はにかんだ表情のセルマ。
「もちろん」
 ていねいに包みを開けると、真珠のように白く輝くレースの布が現れた。
 セルマはそのストールをアンリに渡すと、アンリはそれを優しくセルマの肩にかけてやる。
「……きれい」
 セルマは微笑んで、アンリの頬っぺたにキスをした。
「あんたって、ほんっと、すてきな子!」
「わっ! ずるい!」
 目を吊り上がらせるトリシア。
「私だって、先生にキスしたいのに!」
「……そういうことは思っても、口に出さない方がいいですわ」
 雪の乙女が、こめかみに指を当てた。
「キスしたい相手、レン君じゃないんですね」
 メデューサは哀れむようにつぶやく。
「みんな!」
 ストールを巻いたセルマは、クルリとトリシアたちの方に向き直った。
「家賃、もうちょっと待って上げるからね! この優しい、きれいなお姉さんが!」
「や、優しい?」
「きれいな?」
 顔を見合わせる、トリシアとフェリノール。
「……何か?」
「いえ! なんでも!」
 全員が首を横に振る。
「アンリ! 飛びっきり美味しい木の実とハチミツのタルト、作ったげる!」
 セルマはアンリの腕を取り、診療所を出ていった。
「あのー、私の借金はー?」
 後を追うフィリイ。
 残されたのは、蹴破られた扉だけだ。
「と、ともかく」
「これで」
「お、終わったー」
 全身から力の抜けたトリシアたちは、床にペッタリと座り込む。
「……どうやら、また来月も同じことのくり返しになりそうじゃがのう」
 残っていたミルクを飲み干し、レプラコーンは目を細めた。

☆おしまい☆

セルマさんの怒る気持ちはもっとも!
トリシアたちのマネはしないようにね!
それにしてもアンリ先生はやっぱり最強かな?