WEB限定 書き下ろし小説

フローラ、七つの海へ!

    フローラ、七つの海へ!

「らららーっ! どこまでも青い海と空ーっ! 波を切り裂き、われらは進むーっ! 嵐も海賊も恐れるに足らずーっ! それがヴェネツィアの海の男おおおおおおおーっ!」
 ここは地中海。
 ヨーロッパとアフリカに挟まれたサファイアのようにきらめく洋上を、翼を持ったライオンの旗をかかげた船が進んでいた。
 そのへさきに立ち、バラをくわえ、白いシャツの胸をはだけ、さらには髪をなびかせて歌っているのは、ヴェネツィア共和国の名門貴族ダンドロ家の四男、フランチェスコだ。
「お兄様、やめてくださらない? 海を泳ぐ魚たちが目を回して浮き上がりますわよ」
 聞くに堪えないという顔をしたのは、フランチェスコの妹のフローラ。
 マストに寄りかかって海を見ていたフローラは、人差し指を自分の耳に突っ込んだ。
「フローラ、なんと情けない! 我が妹ながら、芸術を鑑賞する能力が低すぎるとしか言いようがない! 親愛なるオーウェン君、君なら分かってくれるだろう! 見たまえ、海は美しい! そして僕も、僕の歌声も美しい! 世界はなんと素晴らしいんだ!」
 妹に酷評されたフランチェスコは、フローラの友人であるオーウェンを振り返り、キラッと白い歯を向ける。
「その意見に同意したいんだけどさ。残念なことに、ずっーと働き通しで、気の利いた返事なんかできないよ」
 オーウェンは、船員に混じって帆を操作しながらため息をついた。
 なまじっか、船にくわしいものだから、旅の初日から船員たちの手伝いをやらされているのである。
「そもそもー、どうして私たちまでこの船に乗っているんでしょー?」
 と、頬に指を当てて首をかしげたのは、ギラギラ輝く太陽の下でも暑苦しい三角帽子を放さないスピカだった。
「わたしは、どーしようもないお兄様のお目付け役よ。お母様に頼まれたの」
 フローラがクッとあごを上げ、自分の胸に手を当てた。