WEB限定 書き下ろし小説

スペシャル企画 南房秀久先生 HP限定書き下ろし 恋愛、タルト、ショーンの災難!!

「ねえ、ショーンく?ん?」
 魔法(まほう)学校『星見の塔(ほしみのとう)』から、家への帰り道。
 普段(ふだん)とちがう調子でベルから声をかけられ、ショーンはギクッと身をすくませた。
「あの、『お願い』があるんだけど?」
「……う。」
 今までの例からして、ベルがねこなで声を出してきた時には、ロクなことがない。
「何よ、その顔?」
 ベルはこしに手を当てて、ショーンをにらむ。
「ま・さ・か、親友のあたしのたのみが、きけないって言うの?」
「……参考までに、その『お願い』の内容(ないよう)を説明してもらえるかな?」
 おそるおそる、ショーンはたずねた。
「もう! 親友なら、あたしの『お願い』ぐらい察してくれてもいいじゃない!」
 ベルは夢(ゆめ)見る乙女(おとめ)のように両手を胸(むね)に当て、ひとみに星をきらめかせて、クルリと背(せ)を向ける。
「無茶言うな!」
「だ?か?ら、決まってるでしょ?」
 笑顔でふり返ったベルは、人さし指でショーンの鼻をちょんとつっつく。
「……さっぱり分からん。」
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 この前の『お願い』は、母親の誕生日(たんじょうび)のびっくりケーキを作ったので、味見をしてほしいというもの。
 ほんとにビックリする味で、一口食べて三日ねこんだ。
 その前の『お願い』は、ちょっと買い物に付き合ってというもの。
 行き先は、国境(こっきょう)をこえたはるか西の国までで、途中(とちゅう)、何度か道に迷(まよ)って遭難(そうなん)しかけた。
 ベルの『お願い』が、まともなものであった例がないのだ。

「実はねえ……あの人のことを……もっと知りたいのよ。」
 耳にくちびるを寄(よ)せ、急にささやくような口調になるベル。
「特に、恋・愛・関・係。」
「あの人?」
 ショーンは首をかしげながら、命に関わる話ではなさそうなので、ちょっとホッとする。
「アンリ先生か?」
「ちがいます。」
「セルマさん?」
「ちがう。」
「キャスリーン王女?」
「ちがうでしょ!」
「トリシア?」
「絶?っ対(ぜ?ったい)にちがう!」
「……もしかして、ぼくか?」
「う、うぬぼれるんじゃないわよっ!」
 ベルは、ドンッと地面をふみ鳴らした。
 ここは大通り。
 まわりを歩く人が、ギョッとしてこちらを見る。
「レン先輩(せんぱい)よ、決まってるでしょ、レン先輩! レン先輩の好みの女性(じょせい)のタイプを聞きだしてほしいのよ!」
「………………………ああ。」
 ショーンはようやく理解(りかい)した。
 レンは、『星見の塔』でアンリ先生の助手をしている見習い魔法使い。
 ちょっとうっかりしたところはあるが、学校の女の子にはけっこう人気があるのだ。
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「なぜ、自分で聞かないんだ?」
 自分には何でもズケズケ言うくせに、レンに対する時だけ態度(たいど)がちがうのが、ショーンには不思議でならない。
「だって、だって!! 目の前で、『黒髪(くろかみ)の知的でおしとやかな美少女』だなんて言われたら、あたし、真っ赤になって気を失っちゃうかも知れないでしょ! きゃあ!」
「………………じ、自分では、知的でおしとやかな美少女だって思っていたんだ?」
 ショーンは軽いしょうげきを受け、額(ひたい)に手を当てた。
(ここしばらく、レン先輩、レン先輩、ってさわがないから、すっかりあきらめたものだと思っていたんだけどな……。)
「ベルは……あきらめない……すぐにあきたり……ころっと忘(わす)れたり……するけれど。」
と、ショーンのとなりで、まるで心を読んだように言ったのは、魔法学校の同級生アーエス。
 見た目はおとなしそうな銀髪(ぎんぱつ)の少女だが、そののんびりとした口調の毒舌(どくぜつ)は、決してベルに引けを取るものではない。
 三人は今年入ったばかりの新入生。
 大商人の娘のベルと、騎士団長(きしだんちょう)の息子のショーンは自宅(じたく)から通い、アーエスだけは『星見の塔』の二階の寮(りょう)に住んでいる。
 こうして三人一緒(いっしょ)にいるのは、アーエスはたいてい、放課後はベルに付き合わされるからなのだ。
「うむむ。引き受けたくはないけれど……。」
 考えこむショーン。
「……引き受けないと……一生……いやみ……言われる。」
「そうだな。本当に自分勝手で困(こま)る。」
「あんたたちね?。」
 ベルは形のいいまゆをひそめる。
「さっきからの失礼な会話、ぜ?んぶ、聞こえているんだけど?」
「当たり前だ。このショーン・サクノス・ド・レイバーン、貴族(きぞく)のほこりにかけて、かげで人の悪口を言うようなひきょうなことはしない!」
 ショーンは胸を張(は)った。
「目の前で言うのは……たんなる批判(ひはん)。」
と、アーエス。
「と・も・か・く!」
 ベルは宣言(せんげん)した。
「レン先輩から、どんな女の子が好きか、聞きだすの! いい、これは命令よ!」
 もう『お願い』ではなく、『命令』になっているが、いつものことなのでショーンはおどろきもしない。
「アーエスもだからね!」
 ベルは続けて、アーエスもビシッと指さした。
「え? …………わたし……も?」
 さすがのアーエスも目を丸くする。
「わたしが……どうして?」
「当たり前でしょ! 話をここまで聞いちゃったんだから! 二人で協力して、レン先輩の理想の女性像(ぞう)を探(さぐ)るのよ!」
「とばっちり……すごい……迷惑(めいわく)……。」
「あきらめよう。これ以上、無理なこと言われる前に。」
「同……。」
 二人はそろって、ため息をついた。