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サクノス家のパーティ!

5

 夜になって。
 西街区のサクノス亭では、パーティが始まっていた。
 プリアモンドは身内のパーティと言っていたが、招待客の貴族は二百人近く。
 その中にはもちろん、シャーミアンの姿もある。
 そして、招待されてもいないのに、トリシアとレンもこっそりとパーティに紛れ込んでいた。
 パーティの会場はいくつかに分かれていて、シャーミアンが今いるのは大広間。
 シャンデリアの下、音楽に合わせて踊る人々の中心には、大きなテーブルがあり、『三本足のアライグマ』亭ではめったにお目にかかれないような高級料理やデザートが並んでいる。
「これが身内のパーティねえ」
 シャーミアンからそれほど遠くも近くもない場所に立つレンが、あたりを見渡して肩をすくめる。
「貴族会議のメンバーのほとんどが来てるみたいだけど?」
「でもほら」
 トリシアはテーブルに並んだケーキを片っ端から口に放り込みながら、ワルツを奏でている楽士の方を指さした。
 演奏しているのは、リュシアンとアーエスだ。
「あのあたり、たぶんお金かかってないよね?」
 アーエスのブスッとした顔を見ると、もらえる演奏代は高くなさそうである。
「……君と同じくらい、シャーミアンも緊張していないといいんだけど」
 レンはつぶやいたが、シャーミアンは広間の端っこで、直立不動の姿勢で突っ立ったまま、さっきからまったく動いていない。
「うー」
 美しいドレスをまとってはいるものの、うなっている顔はまるで番犬のようだ。
「シャーミアン」
 トリシアは指輪に話しかける。
「笑って。警護の仕事じゃないんだから、まわりの人をにらまないで」
「わ、分かった」
 シャーミアンは無理して笑おうとするが、五割り増しの怖い顔になる。
「やあやあ」
 そんなシャーミアンにおびえもせずに話しかけてきたのは、名門貴族のダメ息子、自称レンの大親友であるセドリックだった。
「あいつが出てくると、話がややこしくなるんだよなあ」
 レンはこめかみを押さえる。
「確かあなたは、副団長のシャーミアン殿ですね? 裕福で美しい、罪づくりなこの僕と……」
 セドリックはキラリと白い歯を見せ、手を差し出した。
「一曲、踊ってくれませんか?」
「……え、ええっと?」
 シャーミアンは、救いを求めるような目でトリシアたちの方を見る。
「断るんだ! 理由は何でもいい! 自分のダンスの実力を思い出せ!」
 さっき、足の親指をはれ上がるほど踏んづけられたレンが、指輪に向かって怒鳴った。
 だが、時すでに遅し。
「まあまあ、僕があまりにもすてきだからといって、そんなに照れないで」
 セドリックは強引にシャーミアンの手を握ろうとする。
 次の瞬間。
「っ!」
 シャーミアンは、セドリックの胸ぐらをつかみ、投げ飛ばしていた。
 騎士として、常に戦いを忘れないシャーミアンは、手をつかまれると反射的に相手を投げる癖がついているのだ。
「ひいいいっ!」
 グワシャッ!
 セドリックは一回転して、頭からテーブルの料理の上に落ちる。
「す、すまない!」
 シャーミアンはあわてて引き起こすが、セドリックは完全に目を回していた。
 まわりにいた貴族たちは、呆気に取られた顔でシャーミアンを見つめる。
「変よね? さっきレンが手を握った時は、投げ飛ばさなかったのに?」
 首を傾げるトリシア。
「それは……僕がかっこいいから?」
 レンはちょっと得意そうな顔をする。
「……あらそう?」
 トリシアは手にしていたレアチーズケーキを、レンの顔に押しつけた。
「だーっ! なにすんだよ!」
 抗議するレンを無視して、トリシアは指輪に話しかける。
「シャーミアン、とにかく、この場は逃げて」
「そ、そうだな」
 シャーミアンはセドリックを置き去りにして、とっとと広間を離れた。