WEB限定 書き下ろし小説

サクノス家のパーティ!

6

「う。さっきよりもっと場違いな感じが……」
 中庭では、落ち着いた感じの貴族たちが、噴水のまわりでワインを片手に談笑していた。
 貴婦人のひとりがシャーミアンの姿に気がつき、笑顔を近づいてくる。
「トリシア、レン、どうしよう?」
 シャーミアンはまたも助けを求める。
「シャーミアン、気の利いた会話よ。気の利いた会話」
 トリシアはそう告げ、指輪をレンに向ける。
「レン、お願い」
「ええっと。こういう時は」
 レンは指輪に向かって小声で話しかけた。
『ご機嫌うるわしゅう。月の美しい夜ですこと』
「ご機嫌うるわしゅう。月の美しい夜ですこと」
 シャーミアンは笑顔を作ってレンの言葉をマネると、スカートをつまんで一礼する。
「あなたが噂の副団長さんね。可愛い方だこと、おほほほほほほ」
 扇を口元に当てて、貴婦人は笑った。
「犯罪者を相手に、剣を振り回しているような恐ろしい乱暴な人には見えませんわ」
「……乱暴?」
 シャーミアンはちょっとムッとしながらも、指示を求めるようにレンを見る。
『恐れ入ります。ですが、私が恐ろしい顔を見せるのは、悪人相手の時だけですので』
 と、指輪を通して、台詞を教えるレン。
「恐れ入ります。ですが、私が恐ろしい顔を見せるのは、悪人相手の時だけですので」
 シャーミアンはそのまま繰り返した。
「そう信じたいですわね」
 貴婦人はまた笑う。
「でも、そんなお仕事をしていると、男の方も寄ってこないのではなくて? 殿方は、優しい女性が好きなものですから」
「ぐぐぐっ!」
 人を見かけで判断するような男はこっちからお断りだ、と言い返しそうになるのをこらえ、シャーミアンはレンに目でどう答えるべきかを尋ねる。
『その通りですの。おかげで、何百人ものつまらぬ軽薄な男どもをあしらう手間が省かれ、本当に私のことを慕ってくださる男性の相手だけをすればいいので助かっています』
 レンは指輪を通して教えた。
「その通りですの。おかげで、何百人ものつまらぬ軽薄な男どもをあしらう手間が省かれ、本当に私のことを慕ってくださる男性の相手だけをすればいいので助かっています」
 シャーミアンが同じように答えると、貴婦人は気に入らなかったのか、さらに皮肉を並べ立てる。
「それはそれは。あなたのお家柄、さしてよろしいと聞いた覚えはないのですが、それでもこのような高貴な方々のパーティに参加なされる勇気、素晴らしいですわね」
「……何よ。あの人、感じ悪い」
 トリシアが顔をしかめた。
『サクノス家の方々は、家柄や身分で友人を選ぶような恥知らずなことはなさりませんわ。もちろん、談笑の場で相手の家柄を口にするような下劣なことも』
 レンもちょっと頭に来たのか、皮肉を返す。
「サクノス家の方々は、家柄や身分で友人を選ぶような恥知らずなことはなさりませんわ。もちろん、談笑の場で相手の家柄を口にするような下劣なことも」
 シャーミアンは満面の笑みで、その言葉を繰り返した。
「まあ!」
 貴婦人はやり込められて、顔を紅潮させながら去ってゆく。
 この貴婦人、もともと貴族たちの間でも嫌われ者だったのか、その場に居合わせた貴族たちはみなシャーミアンに温かい視線を向けた。
 特に若い男性の貴族たちは、なんとか彼女の気を引こうとグラスを片手に笑顔で話しかけてくる。
「レン、助けを、急いで」
 急に人気者になったシャーミアンは、焦りながらささやく。
 こうなると、レンも極端に忙しくなる。
「あなたは今夜の月のように美しい」
 と、言いつつ手を握ってくる者には、
「月は遠くから愛でるべきもの。手は届きませんわ」
 と、答え、
「その輝く瞳に、心が奪われそうです」
 と告白する青年には、
「あなたが私の瞳に見ているのは、そこに映るご自身の姿ですわ」
 と、答える。
 また、
「人目で好きになりました!」
 という情熱的な貴族には、
「愛はワインと同じ。ゆっくりと時間をかけて育てるものです。安物のワインほど、酔いが回るのも、また醒めるのも早いものです」
 と、やり返す。
 次々と見事に答えるものだから、シャーミアンのまわりにはさらに多くの青年貴族たちが集まり始める。
 ふだん、がさつに思われているシャーミアンにとって、これは初めての経験であり、心が弾む状況だ。
 だが。
「……レン、上手すぎ。気持ち悪いぐらい」
 トリシアは白い目でレンを見た。
「しょうがないだろ!」
 と、レンの声が大きくなる。
 これを指輪がとらえ、シャーミアンのイヤリングに伝えた。
「しょうがないだろ!」
 シャーミアンはこれを目の前の青年貴族に向かって、そのまま繰り返してしまう。
「あ、あの?」
 戸惑いの表情で凍りついたのは、突然怒鳴られた青年である。
「しまった! やっちゃった!」
 その様子を後ろで見ていたレンは思わず口走る。
「しまった! やっちゃった!」
 それをまた、シャーミアンは繰り返した。
「今のなし! こっちの話だって!」
「今のなし! こっちの話だって!」
「だから、こっちっていうのは、僕とトリシアの……ああ、もう!」
「だから、こっちっていうのは、僕とトリシアの……ああ、もう!」
「もう、しゃべっちゃダメだ!」
「もう、しゃべっちゃダメだ!」
「だからそういうことじゃなくって!」
「だからそういうことじゃなくって!」
「わ、私は失礼いたします」
 会話相手だった青年貴族は、頬をヒクヒクさせてシャーミアンから離れた。
「と、とりあえずそこから離れて! これは君に言ってるんだ、セリフじゃない! 繰り返す! これは君に言ってるんだ、せりふじゃない!」
「と、とりあえずそこから離れて! これは君に言ってるんだ、セリフじゃ……ない?」
「…………」
 周囲の貴族たちはみな黙り、不思議そうな顔でシャーミアンを見つめていた。
「…………って、レン!?」
 ようやくこの時、シャーミアンは気がついた。
「これだから身分の低い娘は」
 先ほどの嫌味な貴婦人が、大げさに肩をすくめる。
「あーっ!」
 自分の失敗に真っ赤になったシャーミアンは、逃げ出そうと走り出した。
(失敗だ! 団長に恥をかかせてしまった! せっかく招待してもらったのに! 私は最低だ!)
 泣きそうになるのをこらえ、顔を歪めながら広間を突っ切ろうとするシャーミアン。
 だが、慣れない長いスカートを履いているものだから、裾を踏んづけて転びそうになる。
「!」
 その時。
「まったく、せっかくのドレスが」
 誰かがとっさにシャーミアンの腕をつかみ、身体を支えた。
「ショ、ショーン?」
 振り返った先にあったのは、ショーンの顔だった。