WEB限定 書き下ろし小説

海水浴へ行こう!

3

「この風景、好きなんだけどなあ。」
 アンリは残念そうにつぶやいた。
「アンリ!」
 腰に手を当ててアムレディアがにらむ。
「はいはい、分かったよ」
 アンリは魔旋律をかけ直した。
 今度は部屋の向こうに、青い空と青い海、そして白い砂浜が広がっている。
「さあ、これなら?」
「さすが、宮廷魔法使い殿」
 アムレディアは満足そうに頷いた。

「これよ、これ!」
 水着に着替えると、真っ先に海に駆けだしたのはトリシアだった。
「海を見るのは初めてでしょう!」
 やや遅れて、キャスリーンが追いかける。
「そっちだって!」
 トリシアは言い返すと、キラキラ輝く波間に飛び込んだ。
「みんな、水は冷たいから、まず体を慣らして。それに日焼け止めも」
 アンリが注意するが、まともに聞いているのはレンだけ。あとは誰も聞いていない。
「……しょ、しょっぱい!」
 海水をなめたトリシアは、顔をしかめた。
「海の水には塩が含まれている。だから、体も浮きやすいんだ。……って、本に書いてあった」
 飛び込む前に準備運動をしながら、レンが説明する。
 その横では。
「この僕こそ! 真夏の海がいっちばん似合う貴族だよ! まあ、海を見たのは、これが初めてだけどね!」
 セドリックが白い歯を見せて、ポーズを取っている。
「自分の目を疑うねえ。これがあの狭い部屋の中なんてさ」
 どこまで歩いても壁にぶつからないので、セルマは首をひねる。
「……セルマは海って何年振りだい?」
 アンリはふと尋ねた。
「ええっと、たしか十六……って、よけいなお世話だよ!」
 セルマはアンリの頭を小突く。
 その場所から少し離れて。
「これは……売れる……かも……」
 と、貝がら集めにいそしんでいるのは、もちろんアーエスである。
「レン先輩! どうですか、あたしのみ、ず、ぎ!?」
 ベルは例によって、レンにしがみつこうと追いかける。