WEB限定 書き下ろし小説

出逢い~星見の塔誕生

前編


 というわけで。
 アンリはレンとトリシアを連れ、南街区のトランシュブールス通りにある古びた一軒の店を訪れていた。
 柱から下がった看板には、あまり上手くない奇妙な動物の絵が描かれている。
 二階から三階が宿屋。一階の部分が食堂になっているその店の名前は、?三本足のアライグマ?烽ニいう。
「美味しい! 甘い! 美味しい!」
 右手に持った黒スグリのタルトをかじり、左手のカップに入ったハチミツ入りのミルクを飲みながら、トリシアは足をジタバタさせて喜びを表していた。
「気に入ったかい?」
 トリシアに向かい合ってテーブル席に座り、目を細めているのは、この店の主人。
 アンリやアムレディアとともにこの国を救った英雄のひとり、セルマだ。
「うん!」
 セルマの問いに、力いっぱいうなずくトリシア。
「あははは、そっか~!」
 セルマは身を乗り出し、乱暴にトリシアの頭を撫でた。
 一方。
「これ、なんだよ? お湯なのに、色が変だぞ」
 トリシアの隣に座るレンは、自分のカップの中の緑の液体をのぞき込んで顔をしかめていた。
「あんた、お茶、飲んだことないのかい?」
「お、お茶?」
「いいから、飲みなって」
「う」
 おそるおそる口に運ぶレン。
「……わ、悪くないな」
 カモミールのお茶は、レンのお気に召したようである。
「お、いっぱしのセリフ、はくじゃないのさ」
 おかしそうに笑うセルマ。
「わ、悪いね、突然連れてきて」
 アンリはタルトをのどにつまらせたトリシアの背中を叩いてやりながら、セルマの顔を見た。
「いいよ、あたし、子供好きだからさ」
「あはは、そういえば、大きな子供みたいなものだしね」
「……あんた、一言多い」
 セルマはにらむ。
 アンリはその時、ふと、窓ごしに自分を見つめている女の子の姿に気がついた。
 年はアンリと同じくらいの、黒髪の少女だ。
「あれは?」
 女の子を視線で示しながら、アンリはセルマに尋ねた。
「裏にある診療所の娘さん。ソリスって子」
 と、振り返るセルマ。
 女の子は、アンリたちが自分のほうを見ていることに気がつくと、顔を真っ赤にして姿を消した。
「あの名医の娘さん? 何か僕に用かな?」
「あんたにあこがれてるだけさ」
「ぼ、僕に?」
 アンリは目を丸くした。
「いつまでたっても、自覚ないねえ。あんたはさ、この国を、ううん、世界を救ったんだよ」
「その話なら、セルマやフェリノールたちだって同じだよ。それに、一番の功労者はアムだろ?」
「アムは王家の人間。けど、このあたりの人間にゃ、あんたのほうがずっと身近な存在なのさ」