WEB限定 書き下ろし小説

フローラとさまよう幽霊船

霧の中から音もなく現われたのは、まるで戦争の中をくぐり抜けてきたかのような傷だらけの船だった。
 フローラたちが乗っている船よりも大型だが、帆はまるでボロ布のように裂け、マストも折れかけている。
 船首の像は骸骨をかたどったもの。
 どくろの目の部分には赤いガラスが埋め込んであるのか、不気味に赤く輝いている。
 謎の船はオーウェンたちの船と並行になると、船体をギギギッときしませてそのまま止まる。
「おーい!」
 冷や汗をぬぐったオーウェンは、身を乗り出して謎の船に声をかけた。
 だが、しばらく待っても答えはない。
「無人の船……だったり?」
 フローラの顔がこわばる。
「あのー、これは世に言う幽霊船ではー?」
 船室から出てきた自称魔法使いのスピカが、船を見上げてメガネを直す。
「師匠の具合は?」
 オーウェンがスピカにたずねる。
「だいぶよくなったようですよー」
 オーウェンたちの師匠である錬金術師のパラケルススは、塩ゆでのロブスターを食べ過ぎてお腹をこわし、昨日からうなりながら寝込んでいた。
 さっきまで、スピカはその看病をしていたのだ。
 いつもはパラケルススの頭に乗っかっている小さなホムンクルス、アクアも、今日はスピカの肩の上で大人しくしている。
「今、船揺れたよね?」
 最後に、眠そうに目をこすりながら姿を見せたのは、フローラの兄で、この航海の責任者であるフランチェスコだ。
「オーウェンの旦那、どうします?」
 ここまでの航海でフランチェスコが頼りにならないことを知っている船長が、オーウェンにたずねた。
「お宝があるかも知れませんぜ?」
 船員のひとりが目を輝かせる。
「ならいいけど、海賊のワナってこともあるだろ?」
 オーウェンはあくまでも慎重だ。
 しかし。
「面白そうね!」
 お宝と聞いては、フローラが黙っているはずもない。
「乗り込みましょ! さっそくフローラ探検隊を結成するわよ!」
 フローラはオーウェンの手を握った。
 どうやら、隊員第一号、決定のようである。
「フローラさんを退屈させると、ろくなことになりませんねえ」
 スピカがため息をつくと、肩の上のアクアもうんうんと頷いた。