WEB限定 書き下ろし小説

フローラとさまよう幽霊船

「やれやれ、おちおち寝てもおられんのう」
 骸骨たちがすべて倒れると、パラケルススは座り込んで額の汗を拭った。
「こやつらを動かしている仕掛けは床の下だ」
 動かなくなった骸骨の足元をパラケルススがランプで照らすと、床から黒く塗られた棒が突き出しているのが見えた。
 たぶん、この棒で骸骨を支え、動かしていたのだろう。
「ちょうど、仕掛け時計の人形と一緒だ。決まりきった単純な動きしかせんのに、一度に何体もまとまって襲ってきたものだから、自分の意志を持って動いておると勘違いしたのだな」
「本物の幽霊船だと思ったのにー。ちょっとがっかりですー」
 スピカが頭を振る。
「まあ、わしもたまには格好のいいところを見せんとな」
「ほんと、たまにですね」
 と、オーウェン。
「五年に一度ぐらいよ」
 フローラも腕組みをする。
「お前らときたら……」
 パラケルススはブツブツ言いながら、骸骨の仕掛けを調べた。
「……ふむ。波と風の力を利用してネジを巻き、それを動力として動くものだのう。昔のものとは思えぬ技術じゃよ」
 パラケルススは次に船長室の机の上から一冊の本を取り、ざっと中を読んでからオーウェンに渡した。
「何それ?」
「航海日誌じゃ」
 オーウェンが日誌に目を通している間に、パラケルススがフローラに説明する。
「日記のこと?」
 と、聞き返すフローラ。
「違う。航海の途中で、船長が船の現在位置や天候、船の中で起こった出来事を記録しておくものだ」
「やっぱり日記じゃない?」
 フローラは眉をひそめる。
「……やれやれ」
 パラケルススはため息をついた。
「思っていたとおりでしたね、師匠」
 航海日誌を読み終えたオーウェンは、パラケルススを振り返ってうなずいた。
「あの骸骨は、この船の船長と船員たちが、船を守るために作った防衛装置でしょう?」
「防衛装置ですかー? でもー、なんのためにー?」
 スピカが首をかしげる。
「日付けを見ると百年近く前のことだけど、この船は東洋との貿易のための新航路を見つけるために、スペインから旅立ったらしい」
 オーウェンは日誌を手にしたまま続けた。
「だけど、途中で嵐にあったり、海賊に襲われたり、伝染病が発生したりして、だんだん船員が減っていった。この船長は無名だけど、優れた発明家だったみたいで、少ない船員でも無事に船を動かし、さらに敵から船を守るために、動く骸骨を作り出したんだ」
「それで? その船長は?」
 フローラがたずねる。
「……舵を握っていた骸骨が、たぶんその人」
「そんなー」
 スピカはメガネの奥の瞳をうるませた。
「悲しいのう。結局、目的地に着けず、こうして永遠にさまよい続けるとは」
「……ちっ。目的地に着いてないんなら、お宝はなしね。帰ろっと」
 フローラは舌打ちすると、さっさと船長室を出て甲板へと向かう。
「オーウェン」
 階段を上る途中で、パラケルススはオーウェンを呼び止めて、耳元にささやいた。
「新航路を発見して貿易をすることが目的なら、金貨を積んでいたはずでは?」
「ありましたよ、船長室の隠し扉の中に、金貨の箱が」
 フローラより先に船長室を調べていたオーウェンは小声で答える。
「でも、それを奪っちゃいけない気がするんです。海で死んだ冒険家たちには、敬意を払わないと」
「その通りじゃの。どうせあのフローラに渡したところで、ろくなことには使わんだろうし。……にしても」
 パラケルススはニヤリと笑った。
「お前さんも意外と気が小さいのう? ニセモノの幽霊に震え上がって?」
「ふ、震え上がってませんったら! さんざんフローラたちが怖がるから、ついついつられて……」
 オーウェンの声が大きくなる。
「人のせいにしないの!」
 甲板からひょいと下をのぞき込んだフローラが、腰に手を当ててにらんだ。
「急いで! こんな不愉快なビンボー船はもうこりごりよ!」