WEB限定 書き下ろし小説

王子、故郷へ帰る

3

「お前がヴィントールでの奴隷の売買を禁止したものだから、私たちは大損をした」
 正体がバレて、開き直ったのだろう。
 奴隷商人のひとり、鍔の広い帽子をかぶった男が前に出る。
「その恨みを、晴らさせてもらおうと待っていたんですよ」
 と、もうひとり。
 こちらは裕福な商人らしく、派手な毛皮をまとっている。
 残りのひとり、頬のこけた気の弱そうな男は震え上がって、他の連中の陰に隠れた。
「人が人を商品にする。そんな卑しいことが、いつまでも続けられると思ってたのかい?」
 王子は剣も持たぬまま、男たちの前に出て静かに尋ねた。
「あなたさえいなければ、続けられていました」
 二人目の、毛皮をまとった奴隷商人が鼻を鳴らす。
「僕を狙う理由は? 狙うなら、改革を進めているハルだと思うけれど?」
 と、王子。
 ヴィントールの奴隷制廃止運動の中心人物は、王子の従兄のハラルドなのだ。
「あなたを人質に、王と取引をするんですよ。奴隷の売り買いを再開できるようにね」
 と、帽子の商人。
「それは許さない」
 王子はきっぱりと言った。
「僕は命を二度、与えられた。二度目は、ちょっとおっちょこちょいな魔法医さんにね。僕は誓ったんだ。救われたこの命は、弱き者を守るために捧げると」
 王子は右手をすっと伸ばすと、それが合図であったかのように、御者が足下に置いてあった剣を王子に向かって投げた。
 王子はその炎の剣、フランベルジュをつかんで抜き放ち、水平に構える。
「人が人を所有する、そんな憎むべき制度は二度と、この国では復活させない」
 この前まで病人だったとは思えない動きで、王子は奴隷商人の手下たちの間を駆け抜けた。
「……おおかた、金で雇われたんだろう?」
 一瞬ののち、手下の半分が、白目をむいて地面に倒れ込んだ。
「信念なき武器で、僕を傷つけることはできないよ」
 だが。
「これでどうだ!? 逆らえばこの幼児の命はないぞ」
 こそこそと馬車の反対側に回り込んだ帽子の商人が、中にいたヴィレムセンスの首根っこをつかみ、抱き上げて短剣を突きつけた。
「王子、わらわのことは気にするな!」
 ヴィレムセンスは手足を振り回し、奴隷商人にかみつこうとする。
「じゃあ、お言葉に甘えてーー」
 王子はそう言いながら、奴隷商人の方に足を踏み出す。
「わ~っ! 言ってみただけじゃ~っ! 本気にするでない! 正義の味方なら、わらわを救え~っ!」
 ヴィレムセンスは真っ青になった。
「とんだ囚われの姫君だね」
 王子は微笑む。
「でも、そういう時には頼み方ってものがあるんじゃないかなあ」
「う~、この意地悪王子」
「聞こえないよ」
「……お願いです、助けてください」
「よろしい」