WEB限定 書き下ろし小説

王子、故郷へ帰る

4

 王子は炎の剣を地面に突き立て、一歩下がった。
「これでいいかな?」
 奴隷商人に声をかける王子。
「さあ、その子を放すんだ」
「そうはいきませんね。このちんまりしたのは目撃者」
 毛皮の商人が顔を歪ませて笑った。
「生かしておくと、後でろくなことになりません」
「想像通りの悪役で、嬉しい限りだよ」
 王子は肩をすくめる。
「さあ、王子を縛り上げろ」
 帽子の商人が命じた。
「僕から剣を奪ったのは失敗だったね」
 手下たちに囲まれると、王子は頭を振る。
「魔法の方が、手加減が難しいんだよ」
 次の瞬間。
 手下たちの握った武器が一斉に炎を上げた。
「僕は炎の魔法院の使徒。すべてを焼き、すべてを滅する」
 武器の柄は燃えて灰になり、刃は真っ赤になって溶けてゆく。
「こ、こんな奴に!」
「かないっこねえ!」
 金で雇われた手下の全員が、我先にと逃げ始める。
「こ、これ以上魔法を使ってみろ! この娘がーー」
 ヴィレムセンスの喉に短剣を突きつけていた帽子の商人が怒鳴る。
「その娘が、なんだい?」
 王子は氷のような視線を商人に向ける。
 恐れをなした商人は下がろうとしたが、足が地面に張り付いたように動かない。
「か、体が……動か……」
 商人はようやく、王子が自分に何かしていたことに気がついた。
「気がつかなかったかい? 僕が最初に魔法をかけたのは君だ。魔法をかけたのは、馬車から降りる前。魔法の効力を発揮させる時を見計らっていたのさ」
 これは『人形』の魔法。
 王子はアムリオンの王都でこれをレンに習っていた。
 レンが開発した、「役に立つんだか立たないんだか分からない」魔法のひとつだ。
「魔法が効力を持った今、君の体は君の意志には従わない、決して」
 王子は商人の手からヴィレムセンスを奪い、抱き上げた。
「大丈夫かい?」
「うえ~ん、王子~!」
 王子にしがみついて泣き出すヴィレムセンス。
「よしよし」
 王子はヴィレムセンスの背中を軽く叩いてやってから、右手の指をわずかに動かした。
 ガッ!
 商人はこぶしを握りしめると、思いっ切り自分の顔を殴る。
 商人は気を失って地面に倒れた。