WEB限定 書き下ろし小説

王子、故郷へ帰る

5

「さあ、これでよし」
 王子は御者にうなずいて、転がっている連中を道の脇にどけさせた。
「捕らえないのか? もっとギッタンギッタンにやっつけないのか?」
 王子の胸に顔を埋め、鼻をすすったヴィレムセンスはまだ不満のようである。
「顔は覚えた。必要なら城に戻ってから手配するけど、その必要はないだろうね。もうヴィントール国内では悪さはできないよ」
「甘いのう」
「よく言われる。さてとーー」
 王子は剣を納めると、近くの茂みに向かって声をかけた。
「見送り、ご苦労さま」
「……もう。出番、残しておいてくれても良かったのに」
 茂みから女の子がひとり、姿を現した。
 軽装の鎧をまとい、大きな剣を腰に差した、燃えるような赤毛の女の子だ。
「お、王子の知り合いか?」
 目を丸くするヴィレムセンス。
「いつ、気がついたの?」
 鎧についた葉や枝を払いながら、赤毛の女の子はたずねる。
「最初から」
 女の子に近づいた王子は、真っ赤な髪についた枯れ葉を摘んで取った。
「君は闘騎士だ。戦いには慣れていても、密偵じゃないから気配を消すことには長けていない」
「そっかあ〜」
 女の子はちょっと悔しそうに頭をかく。
「それにしてもお節介だな、ハルは」
 王子は首を横に振る。
 どうやらこの女の子、ハルが王子には秘密でつけた護衛のようである。
「あいつの性分でしょ?」
 女の子はニッと笑う。
「愛想は良くないんだけど、心配性で優しいの」
「ハルのところに帰っていいよ。ヴィントールに入れば、僕を狙う連中も手を出せないさ」
「うん、そ〜する。アムリオンの女の子たちって、服のセンスが良くって可愛いから、あいつを放っておくと心配なんだよね」
 女の子がピュウッと口笛を吹くと、木々の間から白馬が現れた。
「じゃあね」
 女の子は白馬に飛び乗ると、山道を下っていった。
「……あれは誰じゃ?」
 と、ヴィレムセンス。
「ハルの護衛役で婚約者。ヴィントールを代表する闘騎士さ」
 王子は説明した。
「ということは、奴隷?」
 ヴィレムセンスは眉をひそめて王子を見上げる。
 アムリオンでは、騎士と呼ばれる人々はほとんどが貴族の出で、王家のために戦う戦士のこと。
 だが、ヴィントールの闘騎士は貴族ではない。
 ヴィントール王国には、闘騎士と呼ばれる奴隷を戦わせ、それを見て楽しむ娯楽があるのだ。
「貴族が世間を気にせず奴隷と婚約するとは。わらわはハルという男を見直したぞ。愛は身分を越えるのじゃな」
 と、ヴィレムセンス。
「ずいぶんとませたことを言うね?」
「そやって子供扱いするでないわ!」
「……あの子がいたからこそ、ハルも奴隷の問題に取り組むようになったかも知れない」
 王子はそう言うと馬車に乗り込む。
「そういうの、少しあこがれるのう」
 抱きかかえられていたヴィレムセンスは、そのまま王子の膝にちょこんと乗っかった。
「さあ、帰ろう」
 王子の合図で、馬車は動き出した。
 故郷、ヴィントールを目指して。

終わり

…いかがでしたか?
ソール王子、やっぱりカッコいい!
ぜひ、また活躍を見たいですよね!