WEB限定 書き下ろし小説

騎士の資格

第一回

「あはは、あんたたちも大変だ」
 窓の修理に来た職人は、まだ十七、八の女の子だった。
「さ、これでもと通り。そこの金髪の騎士さんが、何度ぶっ叩いても大丈夫さ」
 職人は直した窓をはめ込むと、腰に手を当てて満足そうにうなずく。
「ありがとう、スー」
 砦の隊長はほっとした顔になると、何度か窓を開け閉めしてみた。
「うん。これで寒さに震えなくてすみそうだよ」
「あとは扉だね」
 スーと呼ばれた職人は、ドアノブの修理にかかる。
「プリアモンド様って、王都では一番の騎士だと思ってたんですけど、意外と頼りにならないよなあ」
 砦を囲む柵によりかかり、作業を見つめていた年少の騎士がつぶやいた。
「お、お前は余計なことを!」
 栗毛の騎士が、慌てて後輩の口をふさごうとする。
「でも」
「だーっ! いいから黙れ!」
「私は……優れた騎士なんかじゃない」
 二人の騎士が取っ組み合うのを見て、プリアモンドは目を細めながらほほ笑んだ。
「確かに、サクノス家始まって以来の天才と呼ばれ、自分は最高の騎士だと思っていたこともあった。でも、当然優勝すると思っていた武術大会で同じくらいの年の少年に完璧に負けた。あれで、鼻っ柱を叩き折られたよ」
「負けた!? 誰です、相手は!?」
 隊長が驚いたように聞き返したのは、ここ数年、プリアモンドが武術大会で連続優勝していることを知っていたからだ。
「今は宮廷魔法使いになっているアンリ殿さ。あの試合でアンリ殿は魔法をまったく使わず、剣だけで勝負して私を寄せつけもしなかったんだ」
 プリアモンドは、アンリとの試合を思い出す。
 圧倒的な力の差だった。
 立て続けに技を繰り出して猛攻をかけたプリアモンドに対し、アンリが剣を動かしたのは一度だけ。
 いつの間にか剣の切っ先が喉元にピタリと当てられ、プリアモンドは身動きが取れないまま、手にしていた鉄鎚を落とし、降伏を宣言していたのだ。
 もし、あれが実践だったら?
 そう思うと、今でもプリアモンドの背筋には寒気が走る。
「本当の天才ですね」
 栗毛の騎士がピュウと口笛を吹いた。
「私もそう思った。でも、そうじゃなかったんだ。彼の剣はきびしい戦いの中で悲しみとともに磨かれていった剣だった。天才のひとことで片づけられるものじゃない」
 アンリに負けるまで、プリアモンドは自分が王国一の戦士であると信じていた。
 アムリオンを救った英雄であることは知っていても、アンリの見た目は、自分と対して年が違わないひ弱そうな少年だった。
 秀でているのは魔法だけで、よもや剣で自分に勝っているとは思いもしなかったのだ。
「天才も努力を怠れば、あの頃の私程度で終わる。だが、努力は無限だ。いくらでも高みに導いてくれる。アンリ殿の剣は、私にそう教えてくれたんだよ」
 プリアモンドは話を締めくくると、年少の騎士の肩をポンと叩いた。
「よし! 終わったよ!」
 ちょうどその時、スーがノブの修理を終え、乱れた髪をかき上げた。
「ありがとう、ええっと……」
「スーだよ。不器用なプリアモンドさん」
 職人はニッと笑うと、小さなこぶしでプリアモンドの胸を突いた。