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ショーン、人生最大の危機!?

8

こうして。
 誘拐犯たちはあっと言う間に取り押さえられた。
 相手がサクノス家三兄弟と副団長シャーミアンとあっては、誘拐犯の人数がたとえ十倍でも結果は同じだっただろう。
「いびきなんかかいてない! いいか、私はいびきをかいていないからな!」
 すでに抵抗する様子のないヴォッグを最後まで絞め上げ、そう言い聞かせていたのは、もちろんシャーミアンだった。
「は、はいいいっ! 分かった、分かりましたー!」
 ヴォッグは恐怖の張りついた顔で何度も首を縦に振った。
「……ところで、怪我はないか?」
 リュシアンは腕の中のショーンに声をかける。今まで、この兄の口から一度たりとも聞いたことのない優しい調子である。
「は、はい」
(まずい! 女装がばれたら、この先一生、からかいのネタにされる!……こ、こうなったらな、なんとしても女の子で通さねば!)
 開き直ったショーンは、そのまま女の子で通す決心を固め、パチパチと瞬きしてリュシアンを見上げた。
「怖くなかった?」
 と、手を握ってきたのはエティエンヌだ。
「もう大丈夫だよ。うちまで送ってあげるからね」
「騎士様たち、本当にありがとうございました」
 ショーンは内心ビクビクしながら微笑みを返す。
「で、でも、ひとりで帰れますわ。オホホホホホホ……」
「そうはいかないよ。騎士として」
 プリアモンドが首を振った。
「ならば俺が送る。まあ、ついでだ」
 ショーンを抱いたまま、リュシアンが言う。
「僕が送るのにー」
 唇を尖らせるエティエンヌ。
「いや、私だ」
「俺でいいと言っている」
「また、ちょっと可愛い女の子だと二人して張り合って。君は僕と帰りたいよね?」
 三人はショーンを中心に言い争う。
「この連中ときたら……」
 呆れたシャーミアンが顔をしかめた。
「兄の言うことに従え!」
「お前、兄らしいことなどしたことがあるか? 融通の利かないガンコ頭め!」
「僕、僕がいいの!」
「お前たちに任せると危ないから言っている!」
「そもそも、お前は女性の扱いがなっていないんだ!」
「て言うか、その子を降ろしなよ、リュシアン!」
(こ、こいつら! 僕が見ていないところだといつもこの調子!?)
 まさかと思ってシャーミアンの方を見ると、シャーミアンは毎度のことだ、と言いたそうな顔でうなずき返す。
「私だ!」
「俺だと言っている!」
「僕、僕、僕、僕っ!」
「いいかげん……」
 ショーンはたまらず、リュシアンの腕から飛び降りた。
「気がつけ! 僕だあああああっ!」
 ショーンはウィッグを外し、三人を見渡した。
 一瞬、言葉を失う三兄弟。
「……サクノス家の人間が……女装? 頭が痛くなってきた」
 こめかみを押さえたのはプリアモンドだ。
「この俺が? 愚弟を抱き上げて、慰めの言葉を? 一生の恥だ」
 リュシアンも肩を落としてうつむく。
「えーっ! ショーン・ファンクラブの会長の僕が、ショーンだって気がつかないなんて!」
 エティエンヌはその場に崩れ落ちた。
 ちなみに、ショーン・ファンクラブ、現在会員数は一名だという。
「……ショーン、よかったな」
 犯人たちを連れ出しながら、シャーミアンがそっと声をかけた。
「連中、しばらく立ち直れないぞ」
 確かにこの様子では、女装の件でショーンをからかう余裕はなさそうである。
「複雑な気分だが……まあ、いいか」
 ショーンは肩をすくめると、シャーミアンといっしょに騎士団本部に向かった。