WEB限定 書き下ろし小説

大混乱、ダッシュの新生活

2

「ね、セルマ。僕からのお・ね・が・い」

 エティエンヌはカウンターに頬杖をついて、セルマにウインクしていた。
「な〜にがお願いだよ。そりゃまあ、家賃をきちんと払ってくれるなら、ドラゴンだろうと何だろうとかまわないけどさーー」
セルマはため息をついてからダッシュに目をやり、髪をかき上げながら頷いた。

 ダッシュが連れてこられたのは、『三本足のアライグマ』亭。
『三本足のアライグマ』亭は、2階が宿屋、3階が下宿になっていて、その下宿にはもともとスピンクスやミノタウロスの女の子といった、人間ではない連中が間借りしている。
エティエンヌの紹介で、ダッシュはとりあえず、ここの三階の部屋に下宿することが決まったのだ。
「部屋は壊さないこと。いいね?」
セルマは釘を刺した。
「おうっ! 任せろ!」
ダッシュは胸を張る。
「あはは、ご近所さんになっちゃう訳ね。まあ、いいけど」
トリシアが、あきらめの表情で力なく笑ったその時。
「新入りさんですか〜?」
「なになに、かっこいい子?」
「私は特に興味はありませんけど」

 女の子が三人、こちらに集まってきた。
ひとりは半吸血鬼のフィリイ。
もうひとりは人魚のアーリン。
そして最後が雪の乙女、フロイラインだ。

 三人はこの『三本足のアライグマ』亭のウエイトレスであり、揃いも揃って家賃をため込んでいる下宿人でもある。
「……むう。なんか乱暴そうで無愛想ですね。私の好みじゃないです」
フィリイはダッシュを見つめ、しばらくしてから肩をすくめた。
「確かに。性格は悪そうだよね〜」
アーリンも同意見だというように頷いてみせる。
「だから、私は最初から興味はありませんわ」
フロイラインにいたっては、まともにダッシュを見ようともしなかった。
「……おい、トリシア! 何なんだ、この連中!? いきなりダメ出しされたぞ!」
ダッシュはワナワナと震える指で三人娘を指さし、トリシアに向かって尋ねる。
「だから、こっちに怒鳴んないの。この子たちもここの下宿人なんだから、仲良くしないと追い出されるわよ」
トリシアはまたダッシュの耳を引っ張った。
「そうですよ〜、私たちは先輩なんですから、尊敬してもらわないと」
フィリイが我が意を得たりという顔をする。
「そんじゃ、とりあえず店の床拭きから始めてもらおっか?」
アーリンは手にしていたモップをダッシュに押しつけた。
「って、待てよ! 俺、ここで働くのか?」
ダッシュは目を丸くする。
「手伝うんなら、家賃をおまけしてもいいけど?」
と、セルマ。