WEB限定 書き下ろし小説

大混乱、ダッシュの新生活

6

 「ダッシュ!」
「おう!」
レンが声をかけるとダッシュは再びドラゴンの姿に戻り、その背中にレンが飛び乗った。
ダッシュは翼を広げて空に舞い上がる。

「白天馬騎士団です! どうしたんです!?」
レンはまず、ヴォッグを追っていた人たちに近づいた。
「あ、あいつがうちの店に入り込んで、売り上げの入った袋を盗んでいきやがったんだ!」
店の主人らしき男はダッシュを見て一瞬、目を丸くしたが、すぐに前方を走るヴォッグを指さして事情を説明する。
「あとは僕たちに任せて!」
レンがそう告げ、ダッシュは速度を上げた。

「ヴォッグ!」
中央広場に向かうヴォッグに近づくと、レンが声をかける。
「また懲りずに悪事を働いてるのか!?」
「げっ! くそガキのレンじゃねえか! 何でトカゲにのっかってんだよ!?」
肩越しにレンの姿を認めたヴォッグは顔をしかめる。
「トカゲじゃねえ! ドラゴンだ!」
ダッシュが訂正する。
「どっちだって知ったことかよ! トリシアにしろおめえにしろ、なんで俺様の仕事の邪魔ばっかしやがるんだ!?」
ヴォッグは文句を言いつつも、大道芸人たちを突き飛ばし、屋台を蹴り倒して逃げ続ける。 
「あいつ、黒こげにしていいか!?」
ダッシュは瞳を赤く輝かせた。
「捕まえるのは生きたまま!」
「あ〜、つまんねえ」
ダッシュはそう言いながらもさらに速度を上げた。

 そして広場と大レーヌ川の中州を結ぶ石橋を渡ろうするヴォッグに迫ると、その襟首をくわえた。
「ひぃ〜っ!」
真っ青になったヴォッグは、金貨の入った革袋を投げだし、ジタバタと手足を振った。
「あんまし暴れると食うぞ!」
ダッシュはそう怒鳴りながらも橋の上に降りると、首を左右に動かしてヴォッグを振り回す。
「お助け〜っ!」
ヴォッグは情けない声を上げ、気を失った。
「ちょっとやり過ぎだぞ」
レンが眉をひそめながらもヴォッグを縛り上げる。

「おい、ドラゴンと新米騎士が、あのヴォッグを捕まえたぞ」
「相手が三流盗賊とはいえ、やるもんだ」
広場にいた人たちが集まってきて、レンとダッシュを囲んだ。
「俺、人気もんじゃん」
ダッシュは満更でもない表情だ。
「ああ、王都でやっていけそうだな」
レンもダッシュに笑みを向ける。
と、そこに。
ようやく、シャーミアンと三兄弟が追いついてきた。
「よくやったな!」
腰に手を当て、満足そうに頷くシャーミアン。
「だから言ったろ? 俺様に任せておきゃあ、大丈夫だっってな」
ダッシュは誇らしげに尻尾を振ってみせる。
すると。
その尻尾の先端が、橋の近くに立つ先々代の国王シャルルの石像の柱に触れた。

「……え?」

 シャーミアンの顔が強ばる。
古い大理石の柱にひびが入り、シャルル王はゆっくりと傾いていった。
「みんな、逃げろ!」
プリアモンドが走りながら叫ぶと同時に、リュシアンはヒラリと橋から広場に飛び移り、エティエンヌがシャーミアンの首根っこをつかんで川に飛び込んだ。
一瞬後。
柱と王の像は、橋の上に倒れ込んだ。
とてつもなく大きな音とともに、土煙と水しぶきが上がる。

「……ええっと?」

 街の人々が言葉を失って立ち尽くす中、ダッシュは人間の姿に変身して頭をかいた。
優雅な姿で観光名所にもなっていた石橋は、真っ二つになって大レーヌの川底へと沈んでいった。
「ねえ、これってさーー」
川から上がってきたエティエンヌは、びしょ濡れになり、金髪から水滴を滴らせるシャーミアンを振り返る。
「橋の修理代、ダッシュの監督役のシャーミアンちゃんが払うってことだよね?」
「はい?」
シャーミアンは、まるでバジリスクにでもにらまれたかのように固まった。
「十年はただ働きだな」
普段は同情のかけらも見せないリュシアンまでが、哀れみの視線を副団長に投げかけた。
「……やべ」
「逃げた方がいいな」
ダッシュとレンは顔を見合わせると、後ずさりを始める。
「貴様ら〜っ!」
顔を真っ赤にして、髪を逆立てたシャーミアンがふたりを追いかける。

 こうして。
ダッシュの王都での生活が始まった。
竜騎士レンとその騎竜ダッシュが巻き起こす騒動は、もちろん、これが最後ではなかった。
これから毎日のように、レンとダッシュは気むずかしい副団長を悩ますことになるのだがーー。
幸せなことに当のシャーミアンはまだ、その事実を知らなかった。