WEB限定 書き下ろし小説

大混乱、ダッシュの新生活

5

「馬の鞍をもとに作るとして……完成は4日後だなあ」
馬具職人の工房の中庭でドラゴンの姿になったダッシュの採寸を終えた親方は、髭をかきながらシャーミアンに告げていた。

 騎士団で使われている馬具のほとんどは、東街区にあるこの工房で作られている。街の人々が使っているものと比べると値段は張るが、その分、丈夫で、手入れさえ怠らなければ十年以上は使えるはずである。
「ではそれで頼む」
シャーミアンは頷いた。
「でさ、この鞍の代金もシャーミアンちゃんが払うの?」
エティエンヌが尋ねる。
「レンとダッシュが、月々の給料から少しずつ代金を払えばいいだろう? 監督役がそこまで面倒を見たら、本人のためにもならない」
プリアモンドが首を横に振った。
「そ、そうだな」
シャーミアンは明らかにホッとした顔になる。
「見習いの給料、安いのになあ」
と、こちらは肩を落とすレンだ。
「そっか。街じゃ食い物とか、金で買わねえといけないんだよな。面倒くせえ」
人間の姿になったダッシュは顔をしかめる。

 ドラゴンの谷では、果樹は豊かに実り、獲物もたくさんいた。わざわざお金を払って買うのはよほどの怠け者か、年老いて獲物が取れなくなったドラゴンだけだ。
「勝手に取るなよ。取ったら泥棒だからな」
レンは忠告する。
「泥棒って……ああいう奴か?」
ダッシュは、ちょうど目の前の裏通りを駆けてゆく男を指さした。
右目に眼帯をしたヒゲ面の男の手には、重そうな革袋が握られている。
「待て〜っ!」
「店の売り上げを返せ〜!」
その眼帯にヒゲ面の男を、4、5人の街の人たちが怒鳴り声を上げながら追っていた。
「待てと言われて待ってたら、盗賊は務まんねえんだよ!」
ヒゲ面の男は追っ手を振り返り、ベ〜ッと舌を出した。
「あいつ」
レンは男に見覚えがあった。

 ヴォッグ・ヴォルド。

 主に南街区で悪さをしている盗賊だ。