WEB限定 書き下ろし小説

われらサクノス家三兄弟!!

7

「団長、あの三人にはもう耐えられません!」 
 従者になって十日目。
 シャーミアンはとうとう、団長室にどなり込んだ。
「あの三人は!」
 と、言いかけたシャーミアンは、三人組が団長の息子たちであることを思い出す。
「……ちょ、ちょっと変です!」
「ちょっとではないだろう?」
 団長の口元にほんの少し、笑みが浮かぶ。
「お前が抱いている理想の騎士とは、かなりかけ離れているのではないかな?」
「どうして、どうしてあんな何もしない連中が騎士でいられるんですか!?」
 シャーミアンの怒りは爆発する。
「団長のご子息だからですか!? 身分の高い貴族だからですか!?」
「そう思うか?」
「……い、いいえ」
「うそは良くないぞ」

「私は……何を信じたらいいんだ?」
 厩舎に来たシャーミアンは、ヴィクトルと、馬のサファイアに向かってこぼしていた。
「ここに来てから、自分が抱いていた夢が、途方もなく現実からかけ離れたものに思えてきて、騎士になる自信がなくなってきた」
「お前さんは、お前さんの騎士道を信じればいいんだよ。そして、自分が理想とする騎士になる。だがな」
 サファイアの体にブラシをかけてやりながら、ヴィクトルは笑う。 
「お前さんはまだ、物事の一面しか見てりゃせん。今度、機会があったら三人の後をこっそりつけてみるんだな」
「後を?」
「やめるのは、それからでも遅くない」

 数日後。
「三人いっしょか。めずらしいな」
 シャーミアンはヴィクトルの言うとおり、見回りに出た三兄弟の後をこっそりとついていった。
 この日の三人は中央市場で寄り道もせず、真っ直ぐに南街区に向かう。
(私がいないと、ちゃんと南街区に行くのか?)
 シャーミアンはしかめっ面になりながらも、あとを追った。

 三人は南街区の薄汚れた一画に入ると、裏通りにある診療所に入っていった。
「こんな場所に診療所が?」
 窓からのぞくシャーミアン。
 中では、プリアモンドが白衣の女性と向かい合って立っている。
(あの人は?)
 シャーミアンはその白衣の女性に見覚えがあった。
(この前会っていた女性? 医者だったのか?)
「これ、ジゼル婆さんの心臓の薬。それと、頼まれてた他の薬草」
 プリアモンドは白衣の女性に紙袋を渡す。
「高価なものを、いつも済まない」
 白衣の女性は、袋を受け取りながら頭を下げた。
(では、この前広場で会っていたのは、薬を頼まれていたのか?)
 どうやら、恋人との密会ではなかったようだ。
「次に必要なものは?」
「これだけ頼めるとありがたい」
 白衣の女性は、メモの紙を渡す。
「……すぐには手には入りそうにないものもあるけど、父の知り合いの貿易商に頼んでみるよ」
 と、プリアモンドが目を見ながらうなずいたところに。
「母さん、寝ててって言ったのに!」
 黒髪の少女が二階から下りてきて、女医をにらんだ。
「休めるうちに休めって、あれほど!」
「やあ、ソリス」
 少女に微笑みかけるプリアモンド。
「お母さんの手伝い、しっかりやってる?」
 ソリスは返事の代わりに、ベエッと舌を出した。
「こら!」
 その頭に、女医はこぶしを落とす。
「……体の方は?」
 プリアモンドは真剣な顔になって女医を見る。
「大丈夫。ちょっと風邪が長引いているだけよ」
「このあたりの人たちは、あなただけが頼りなんだ。無理はしないで」
「……そうね。まだ倒れる訳にはいかないわね」
 女医は髪をかき上げると、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「ところで」
 リュシアンがソリスにたずねる。
「このところ、貴族のガキどもが遊び半分でこのあたりを荒らしに来るそうだな?」
「誰から聞いたの? このあたりの人たち、連中に口止めされてるから、誰にも言ってないはずなのに」
 警戒するソリス。
「ちょっとした噂だ。俺にはそういう表に出ない話を聞かせてくれる友人が何人かいる」
「ああ、それは僕も聞いたよ。中央広場の商人たちからね」
 と、言ったのはエティエンヌ。
「!」
 シャーミアンはハッとした。
(リュシアンもエティエンヌも、ただ遊んでいたんじゃなく、この情報を手に入れようとしていたのか?)
 思い出してみると……。
 リュシアンと話していた女の子たちの中に、声をひそめ、真剣な顔で何かを告げている子がいた。
 屋台の主人たちも、ただの世間話にしてはずいぶんと長いことエティエンヌと話し込んでいた。
「どうして騎士団に訴えなかった? もっと早く取り締まれたはずだ」
 リュシアンは少し険しい表情を見せる。
「あんたら騎士団だって! あいつらと同じ貴族、仲間じゃない!」
 ソリスはキッとにらんだ。
「この街区の人間のほとんどは、この子と同じように思っているの。あなたたちは違うって知らないのよ」
 女医は首を横に振る。
「……おい、これは?」
 リュシアンはソリスの首から肩にかけて、髪の毛で隠してはあるが、剣でつけたような傷があることに気がついた。
「何でもない!」
 後ずさりするソリス。
「……もう、痛くないし」
「奴らの仕業、だね?」
 エティエンヌは眉をひそめる。
「許さん」
 プリアモンドは、瞳に怒りの炎を宿した。
 だが。
「何もできないよ! あんたたちなんか、貴族で、その上、子供じゃない!」
 ソリスはそう言うと、みんなに背を向けて泣き出した。
「とにかくさ、僕らが力になるよ。またその連中が来たらすぐに連絡して、いいね?」
 エティエンヌが、ソリスの肩に手を置いた。
「……ソリス」
 返事をするよう、娘にうながす女医。
「分かった」
 ソリスはまだ三兄弟のことを完全には信じていなかったようだが、母親に言われ、ようやくうなずいた。
(……物事の一面しか見ていない、か。ヴィクトルの言葉は正しかったな)
 肩を落としたシャーミアンは、静かにその場を去った。