WEB限定 書き下ろし小説

騎士の資格

第二回

やがて、馬車は屋敷に到着した。
 そして、リュシアンがフィリイの腕を取り、馬車から降りた瞬間。
「きゃーっ!」
「リュシアン様よ!」
「すてき!」
 待っていた貴族の令嬢たちが、ドッと群がってきた。
「通してくれ」
 リュシアンは顔をしかめ、着飾った女性たちの間を縫うようにして舞踏会場に向かう。
「ふえーん。置いていかないでくださいよー」
 フィリイもリュシアンに続こうとするが……。
「ちょっと! あなたは何者!?」
「リュシアン様のなんなの!?」
「トロそうな顔して!」
「全然、可愛くないわ!」
 フィリイはたちまち令嬢たちに囲まれて、もみくちゃになる。
「あれー!」
「……今のうちだな」
 令嬢たちがフィリイに気を取られている隙に、リュシアンは舞踏会場の中庭に向かう。
「フィリイを連れてきたのが、思わぬところで役に立った」
 実は、リュシアンは貴族同士の気取った社交行事が好きではない。
 招かれたので礼儀上、舞踏会場には来たが、長居をする気はなかった。
 リュシアンは屋敷の主人である貴族と娘に挨拶をしたら、すぐ帰るつもりだったのだ。
 とはいえ。
「リュシアンさまー!」
「あのリュシアン様だわ!?」
 中庭でも、リュシアンはたちまち令嬢たちに囲まれてしまった。
 リュシアンは、貴族の少女たちの憧れの的なのだ。
「待て、アナベス嬢に挨拶を……」
 リュシアンは今夜の主役のひとりであるこの屋敷の娘、アナベスを探そうとするが、令嬢たちはなかなか解放してくれない。
(この手は使いたくなかったが……)
 リュシアンは仕方なく適当な方角を向くと、大きく手を振って叫んだ。
「エティエンヌ! プリアモンド! こっちだ!」
「えええっ!」
「エティエンヌ様が!?」
「プリアモンド様も来ているんですの!?」
 令嬢たちはいっせいに、リュシアンが手を振った方向を見る。
 その瞬間。
(今だ!)
 素早く女の子たちの間から抜け出したリュシアンは、木陰にさっと身を隠した。
 実際には、二人は来ていない。
 プリアモンドは、視察から帰ったあとに風邪を引いて寝込んでいるし、エティエンヌは騎士団本部でシャーミアンに反省文を書かされている真っ最中なのだ。
「どこ、プリアモンド様?」
「エティエンヌ様ー?」
「リュシアン様もいませんわ?」
 令嬢たちがキョロキョロとあたりを見渡しているうちに、リュシアンはとりあえず人の少ない裏庭に移動することにした。