WEB限定 書き下ろし小説

騎士の資格

第二回

「リュシアンさんーっ!」
 窓がバタンと開いて、弓と矢筒が投げ込まれた。
 リュシアンは跳躍してそれをつかむと、倒れ込みながら矢を放つ。
 ビュッ!
 ナイフが弾かれて床に落ちると同時に、リュシアンはアナベスに駆け寄った。
「もー、こんなことだと思ったんですよー」
 フィリイも窓からモタモタと入ってくると、リュシアンと背中合わせに立つ。
「……おい、騎士団を呼びに行かなかったのか!?」
 リュシアンは眉をひそめた。
「安心してくださいー。通りがかりの人に頼んで、騎士団に連絡してもらいましたからー」
「アホそうな小娘が増えたぐらいなんでもねえ! やっちまえ!」
 犯人たちはリュシアンたちに襲いかかろうとする。
「甘いな」
 リュシアンは数本の矢を一度につがえ、引き絞った。
「アマアマですねー。セルマさんが寝ぼけて作ったハチミツ・プディングみたいですー」
 フィリイも胸を張る。
 そして。

「ううう……」
 瞬き五回分ほどの時間が経過すると、誘拐犯たちは全員、床に崩れ落ちていた。
「命は奪わん。だが、死んだ方がマシだったと思わせてやる」
 犯人たちを見渡したリュシアンは、アナベスの縄を解いた。
「怪我は?」
「……大丈夫です」
「そうか……」
 二人は黙って見つめ合う。
 と、その時。
「リュシアンさーん。私、そろそろ帰らないとー。明日も朝早くから仕事があるんですー」
 腰に手を当てたフィリイが、わざとらしく唇を尖らせた。
「送ってやるから、騎士どもが来るのを外で待っていろ」
 リュシアンはハエでも追い払うように手を振る。
「うう、私が外に出たら、二人でなにするんですかー?」
「貴様、コウモリのシチューにしてやろうか?」
「……もー、騎士団を待ちますよー。待てばいいんでしょー」
 不平たらたら、小屋から出るフィリイ。
「すぐに騎士団の迎えが来る」
 リュシアンは自分の上着をアナベスの肩にかける。
「リュシアン」
 アナベスはリュシアンの腕を握った。
「ずっと言えなかったけど、今なら言えます」
 アナベスはリュシアンを見つめ、一回深呼吸をしてから告げる。
「あなたが好きです」
「……迷惑な話だな」
 リュシアンは、そっと手を振り解いた。
 遠くで馬のひづめの音がする。
 騎士団の到着だ。
「はい。きっとそうおっしゃるだろうと思っていました」
 それは、幼い恋と決別するための、ひとりで未来に踏み出すための、告白。
 アナベスは微笑み、涙を見られないように背を向けた。
「さようなら、騎士様」
 リュシアンは振り返らなかった。