WEB限定 書き下ろし小説

トリシアと王都観光ツアー

南街区

 一行はトリシアについて、狭い南街区の街並みを進みます。
 木の骨組みと、白いしっくいの壁の家々。
 雨漏りする屋根が、重なるようにうねって並んでいます。
 道はほとんど土のまま。
 雨が降るとぬかるみになり、降らないと土ぼこりが舞います。
 でこぼこしているので、馬車も走りにくそうです。
「道が狭くって、クネクネしているのが、南街区の特徴かな?」
 胸を張って先頭を進むトリシアは説明しました。
「このへんには鍛冶屋さんとか、大工さんとか、職人さんがたくさん住んでるんだよ」
「まあ、豊かとは言えないけど、気さくな人たちばかりだね」
 レンが付け加えます。
 やがて、道がようやく石畳に変わったあたりまで来ると、みんなの前に、三階建ての建物が見えてきました。
 トリシアは、その入口の前で足を止めます。
「はい、止まってー! ここが有名な『三本足のアライグマ』亭。屋根を破って、大きな樹が伸びてるのが見えるでしょ? あれが目印。みんな、もし迷子になったら、ここに帰ってきてね」
「ここに帰ってこられるくらいなら、そもそも迷子じゃないと思うけど?」
 指摘するレン。
「それにさ、あの樹が屋根を破ったのは、君の魔法の失敗のせいだってこと、解説しなくていいのかなあ?」
「……それじゃ中に入りまーす!」
 トリシアはレンの脇腹をひじでドンと突くと、扉を押して開きました。
「よ、いらっしゃい! 今日はずいぶんと大勢だね?」
 中に入ると、正面カウンターの向こうに、威勢の良い女の人の姿が見えます。
「この人がセルマ。この『三本足のアライグマ』亭の持ち主。この店を始める前は、弓の元名人で、元戦士で、元盗賊で、アンリ先生といっしょに戦ったこともあるの。とにかく昔、いろいろやってた人なんだよ」
 トリシアは紹介しました。
「……元とか昔って、強調するんじゃないっての」
 セルマは髪をかき上げます。
「で、何を注文するのさ?」
「みんなに、ざくろのジュースと……今日のお勧めのお菓子は?」
 トリシアは尋ねました。
「バラのプディング。いい香りのバラを砂糖漬けにしたのを、生地に練りこんで焼いたやつ」
「じゃあ、それ」
「あいよ」
 セルマは腕まくりをし、お茶とお菓子の準備にかかりました。
「ここの二階は宿になっていて、みんなには今夜、そこに泊まってもらいまーす。ちなみに三階は下宿。アンリ先生やレンの部屋もあるんだよ」
 トリシアはみんなをテーブルに案内します。
「レンの部屋には、よく分かんない変な物ばっかり買って置いてあって、ごっちゃごちゃなんだよ」
 トリシアは椅子に座りながら、レンを見て眉をひそめました。
「だいたい、壊れちゃった弓とか、中身なくした短剣の鞘とか、穴のあいた皮袋とか、どうして取っておくのよ?」
「余計なお世話だって! あとで何かの役に立つかも知れないだろ! そもそも、部屋なら君の方が散らかってるじゃないか!」
 と、レンが顔を真っ赤にしたところに。
「いったいなんなんだ、この集まりは?」
 長い耳を持った背の高い青年がやってきて、レンに聞きました。
「ええと、実は……」
 レンは説明し、みんなを振り返って青年を紹介します。
「この人はフェリノール。アンリ先生の親友で、南の国境の近くにあるファヴローウェインの森に住む妖精、アールヴの長の息子さん」
「会えて光栄だ。森と光の祝福を」
 フェリノールは右手を左の胸に当て、アールヴ流の挨拶をします。
「フェリノール、みんなの質問に答えてくれるかな? アールヴのことってあまり僕らも知らないから、聞きたいことがあると思うんだ」
 レンはフェリノールに頼みました。
「ああ、聞いてくれ」
 フェリノールはうなずきます。
 すると、真っ先に手を上げたのはトリシアでした。
「はい! はい!」
「……なんで君が質問するんだ?」
 レンが額に手を当てます。
「フェリノールって、最初はアンリ先生と仲が悪かったって、本当?」
 トリシアはレンを無視して、フェリノールに聞きました。
「そ、そういう質問なのか? まあいい。あいつと出会った頃は、今と違って人間と我らアールヴの交流はほとんど絶えていた。人間はアールヴを邪悪な妖精だと思っていたし、アールヴは野蛮な人間たちのことを軽蔑していたんだ」
「ケンカとかした? 殴り合いとか?」
 トリシアは目を輝かせて身を乗り出します。
「……五、六回……十回は」
 フェリノールはしぶしぶ答えました。
「あははははっ! ま、あんたらもガキだったってことさ!」
 カウンターの向こうで、セルマが爆笑しました。
「まあ、思い出話はそのくらいにしておきな。お茶が入ったよ、フィリイ?」
「はーい!」
 と、店の奥から出てきたのは、ウェイトレスのフィリイ。
 半分吸血鬼の女の子です。
「この店の看板娘、可愛いフィリイちゃんが運びますよー」
 フィリイはちょっとボケーっとした様子で、トレーを受け取ろうとします。
「だーっ! わたしが運ぶ! フィリイは見てるだけでいいから!」
 トリシアがあわてて走っていき、トレーを奪い取りました。
 実は、フィリイは普通では考えられないほどのうっかり屋。
 一歩あるけば皿を割り、二歩あるけばお客様の頭に熱々スープをぶちまける。
 カウンターからテーブルまで、まともに物を運べたことがほとんどないのです。
「……ふう。これでひと安心」
 お茶とお菓子を運んだトリシアは、額の冷や汗をぬぐって、みんなの前にお茶とお菓子を並べます。
「じゃあ、ツアーのはじまりの記念に、みんなでカンパーイ!」
「……でも、それってざくろのジュースだよね?」
 カップを持ち上げるトリシアを、レンが横目で見つめます。
「気分よ、気分!」
 トリシアはジュースを飲み干すと、バラのプディングにかじりつきました。