WEB限定 書き下ろし小説

トリシアと王都観光ツアー

白天馬騎士団本部

 驚いたことに、白天馬騎士団本部の前では、サクノス家の三兄弟と副団長のシャーミアンが待っていました。
「屋敷からさっき、使いが来てね。待ってたよ、歓迎する」
 と、みんなに微笑みかけたのはプリアモンドです。
「ふん。どうせヒマだからな」
 リュシアンが肩をすくめました。
「わーい! 新しいお友達って最高っ!」
 エティエンヌは、みんなの頬っぺたにキスして回ります。
 ゴンッ!
「よせ、この馬鹿! 騎士として、もっと威厳のある態度を取らんか!」
 と、そんなエティエンヌの頭にこぶしを落としたのは、副団長のシャーミアンです。
「うー、いたーい」
 エティエンヌは頭を押さえ、涙目でしゃがみ込みます。
「だ、大丈夫?」
 トリシアがエティエンヌの頭を見ました。
「平気だ」
 シャーミアンはこぶしにふっと息を吹きかけ、鼻を鳴らします。
「こいつは毎日、これを食らっているんだ」
「……命がけだな、騎士団」
 レンがため息をつきました。
「それで」
 プリアモンドがせき払いをし、みんなに質問します。
「まずどこを案内しようか? 見習い騎士が訓練で使う中庭か、よろいや剣を作る工房、武器庫、騎士たちが出動を待つ待機室か……」
 と、そこに。
「うふふふー、もちろーん最初は医務室と、秘密の実験室よー」
「うわああああああっ!」
 いつの間にか、プリアモンドのすぐ後ろに、騎士団の医師、アンガラドが立っていました。
「うふふふふー、王都一怪しい場所ー、それは私の実験室ー」
 豪胆無敵で知られるサクノス家の長男プリアモンドが、唯一恐れる存在。
 それが、このアンガラドです。
「……いばることか?」
 リュシアンが眉をひそめます。
「お客様を脅かしてどうする?」
 シャーミアンも白い目を向けました。
「ツアーのみなさーん、血をー、血をくれないかしらー」
 アンガラドは青ざめた顔で、みんなにニヤーッと笑いかけます。
「最近ー、みんな私の医務室を避けてー、トリシアの診療所に行くものだからー、血が集まらないのー。ひどいと思わなーい?」
「い、医務室とか実験室は、また今度でいいから」
 顔を真っ青にしたプリアモンドは、アンガラドを追い払おうと背中を押しました。
「そんなー」
「……シャーミアン、この騎士団の仕事について、みんなに説明してくれないかな?」
 レンはシャーミアンの方を振り返って頼みます。
「えー、僕の方が説明うまいのにー」
 エティエンヌが頬っぺたをふくらませます。
「説明なら、俺の方がずっと上だ」
 リュシアンは断言しました。
「待て待て、私だって騎士団の話ぐらいはできるぞ」
 と、あまり話し上手とは言えないプリアモンドも対抗意識を燃やします。
「じゃあ、聞くけど、騎士団の仕事って?」
 トリシアが三兄弟の顔を、疑いの視線で見渡しました。
「戦いだ!」
 プリアモンドが胸を張ります。
「馬鹿どもを取り締まること」
 続いて、リュシアンが。
「んっとねー、楽しくのんびりお昼寝することー」
 ニコニコしながらエティエンヌも答えました。
「……よ、予想通り」
「シャーミアン、やっぱりあなたしかいないから」
 レンとトリシアは首を横に振って、副団長に助けを求めます。
「そ、そうか?」
 シャーミアンはちょっと恥ずかしそうに頬をピンクに染めると、説明を始めました。
「騎士とは、もともと国と王のために、命をかけて戦う貴族のことだった。しかし、このアムリオン王国では、力弱き人々を守るものとして、騎士団が生まれ、発達していった。アムリオンには多くの騎士団があるが、この白天馬騎士団では、貴族でない者も実力さえあれば騎士になれる。そのため、年に何回か、入団試験を行っている。まあ、逆に言えば、貴族であっても、実力のない者は白天馬騎士団には入れないのだ」
「……おお……だから……ショーンは……試験に……受からない……」
 アーエスが納得の顔で、ポンと手を打ちます。
「余計なお世話だああああああっ!」
 と、怒鳴るのはショーン。
「人々を守ろうと思う者、正義の心を持つ者を、いつでも我が騎士団は歓迎する。もちろん、別の世界からの旅行者であっても構わないぞ」
 シャーミアンはまとめました。
「ついでにー、血をくれる人も歓迎よー」
 いつの間にか、その後ろに立っていたアンガラドも、ニヒヒヒヒーッと笑います。
「……で、では、日ごろの訓練の成果を披露しようか?」
 こめかみを押さえたシャーミアンは、プリアモンドとリュシアンに馬の用意をさせました。
「この二人に、馬に乗った時の戦い方を見せてもらおう」
「手がけんはしないぞ、リュシアン」
「泣きを見るのはそっちだ」
 二人は馬にまたがると、少し間を取って向かい合い、剣を抜きながらお互いに向かって馬を走らせました。
 キーン!
 馬が擦れ違う瞬間、剣がぶつかって青白い火花が散ります。
「腕を上げたな、プリアモンド!」
「お前もな、リュシアン!」
 二人はまた馬の向きを変え、突進させます。
 ガッ!
 ビュン!
 今度は二度、剣が火花を散らしました。
「すごいな」
 レンは感心した様子でこの戦いを見守ります。
「さすが、サクノス家の三兄弟の二人だね」
「……でもさー」
 退屈そうに二人の戦う様子を見ていたエティエンヌが、頭の後ろで腕を組んでボソッと言いました。
「プリアモンドって、武術大会でアンリに負けてるんだよねー。ってことは、二人ともアンリよりは弱いってこと?」
 ドスン!
 プリアモンドとリュシアンは、ずっこけて馬から落ちました。
「貴様!」
「今言うことか、それ!」
 二人は起き上がると、エティエンヌをにらみます。
「だってー、ほんとだもん」
「そ、それはそうだが!」
「俺はアンリに負けてない。負けたのはプリアモンドだけだ」
「けどけど、プリアモンドと互角なら、アンリに勝てないよねー」
「次は勝つ!」
「俺の方が先に、アンリに勝つ!」
「いや私だ!」
「僕は僕はー?」
「俺だ!」
「…………こ、こいつら」
 この様子を見ていたシャーミアンが、頭を抱えました。
「……騎士団見学は、ここまでということに?」
 ショーンが、シャーミアンにささやきます。
「そ、そうだな! みんな! 悪いが、今日は用事ができた! 本部の中の案内はまた今度ということにしよう! では、さらばだ!」
 シャーミアンはみんなに笑顔を振りまいて手を振ると、三兄弟の方に向き直って腰に手を当てました。
「用事?」
「何かあるのか?」
「特に何もないよねえ?」
 と、三兄弟は顔を見合わせます。
「いや、ある」
 シャーミアンは剣を抜くと、三兄弟めがけて走り出しました。
「お仕置きだっ! 貴様らのっ!」
「ま、待て!」
「話せば……分かる相手ではないな」
「きゃー!」
 逃げる三兄弟。
「つ、次は、東街区に参りまーす!」
 トリシアはこわばった表情で、ピラピラと旗を振りました。