WEB限定 書き下ろし小説

トリシアと王都観光ツアー

中央広場

『三本足のアライグマ』亭を出た一行は、道を北に進みます。
 やがて、見えてきたのは幅の広い川です。
 これが大レーヌ川。
 街の真ん中を流れる大レーヌ川には中洲があり、南側のフォーヴル橋と北側のリュタン大橋と渡ると、中央広場。
 トリシアはその広場の真ん中、噴水のそばで、みんなを振り返りました。
「はい、ここが中央広場。街の人たちの憩いの場所で、今日はちょうど、市が開かれてまーす」
 一行のまわりには、さまざまな屋台、芝居小屋やテントなどが並んでします。
 街中からいろいろな人たちが集まり、見物したり、ここでしか買えない物を買ったりしているのです。
 もちろん、ただ、ぶらぶらと見ているだけの人もたくさんいます。
「うちの小麦粉は安くて風味が豊かだよ!」
「新鮮な卵はいかが?」
「焼きたてのライ麦パン! 銅貨一枚で二つ!」
「美味しい木苺のジャム! スモモのジャムもあるよ!」
「お腹がよじれるほどおかしい『ペッペとジュリー』の人形劇! もうすぐ始まるよ! お早くご入場のほどを!」
「火の鳥と踊り子の華麗なダンス! 見逃しちゃいけないよ!」
 陽気な呼び込みの声が飛び交い、焼き菓子や花の匂いが漂ってきます。 
「ええと、市って言うのは、国中のあちこちから人が集まってきて、いろんな商品を売ったり買ったりするところのこと。……でいいんだよね?」
 トリシアは説明しながら、途中でレンにこっそりと聞きます。
 レンがうなずくと、トリシアはほっとした顔で続けました。
「いろんな人が集まってくるんで、農家から持ってきたばかりの新鮮な食料品とか、お菓子とか、花とか、屋台がたくさん並んでいるし、お芝居の小屋や曲芸の人たちも来てるんだよ。食べ物も、見世物もみんな安くって、子どものおこづかいでも、丸一日楽しめるくらい!」
「たまに、サクノス家のリュシアンもここで歌ってるね」
 と、レン。
「じゃあ、ちょっとここで自由行動。みんな好きに見て回って!」
 トリシアはそう告げると、自分が最初にマフィンの屋台に向かって走りました。
「……さっき食べたばかりだろ?」
 レンは呆れ顔です。
 その時。
「……何を……して……いる……の……?」
 誰かが、レンの袖を引っぱりました。
 振り返ると、そこに立って首をかしげているのはアーエスです。
「やあ」
 レンは、観光ツアーのことをアーエスに話しました。
「……なーる……ほど……」
 アーエスはうなずくと、竪琴を取り出します。
「……では……私が……みんなのために……一曲……」
「弾いてくれるの?」
「……今なら……先着……十名様……一曲……銀貨……三枚で……とても……お得……」
「う」
 レンは仕方なく銀貨を渡しました。
「……では」
 アーエスは竪琴を奏で始めます。

 好きな言葉は 始めまして
 あなたと逢えて わたしの気持ちは
 ふわふわふわと まるで雲の上
 いつもは遠く 離れてるけど
 いつかこうして 出逢えると
 ずっとずっと 信じてた
 きっと 生まれるその前から
 きっと 決まっていたんだね
 わたしたち いい友だちになれるって
 あなたの瞳を見つめると
 運命って ほんとにあるんだって
 心の底から 信じられるの
 きっと生まれるその前から
 きっと決まっていたんだね
 わたしたち いい友だちになれるって
 あなたのその手に触れるだけで
 運命って ほんとにすてきだって
 心の底から 信じられるの

「上達したね」
 曲が終わると、レンは拍手しました。
「……いえいえ……そーれほど……です……」
 アーエスはペコリとみんなにおじぎします。
「……このあと……どこに……?」
「たぶん、西街区かな?」
 と、答えるレン。
「……じゃあ……ついてく」
 こうして、一行にアーエスが加わることになりました。
 そこに。
「ん? アーエス、どうしたの?」
 口のまわりにジャムをつけたトリシアが戻ってきました。