WEB限定 書き下ろし小説

トリシアと王都観光ツアー

王城

「さあ、ようやく到着しましたー、ここが王城。つまり、王様たちが住んでるところね」
 アムリオンの王城は白い壁に囲まれ、高い塔がいくつもある、王都でも一番堂々とした古い建物です。
 城を囲む深い堀には、木製の橋がかかっており、みんなはトリシアを先頭にして橋を渡ります。
 跳ね橋は引き上げると扉になる厚い木製の橋で、馬がその上を歩くとポクポクと蹄の音がします。
 その下に見える堀は深く、穏やかな水面の下には魚もたくさん住んでおり、レンなどはたまにここで釣りをしたりするのです。
「跳ね橋を渡って、この城門をくぐると中庭があって……」
 門番に守られた城門の下まで来ると、トリシアは奥を指さしました。
「ほら、あそこに見えるのが本館。お城の中心ね。お城は城壁と、本館、それからいくつかの塔がつながってできてるの」
 中庭の右手には、貴族たちが馬や馬車を停める場所があり、ヒマそうな御者たちが立ち話をしています。
 真っ直ぐ本館に入ったトリシアたちは、らせん階段を上り、キャスリーンの部屋を目指します。
「中は迷路みたいになっているけど、これは敵に攻め込まれた時に、簡単には奥にたどり着けないようにするためだよ」
 狭いらせん階段を一列になって進みながら、レンが説明しました。
「らせん階段が時計回りに上に向かうようになっているのは、右手に武器を持った敵が攻めてきた時に、武器を使いにくくするためと言われているんだ」
「じゃあ、左利きばっかの敵が攻めてきたら?」
 と、トリシア。
「……そ、それは」
 レンが答えにつまったその時。
 キャットの部屋の扉が見えました。
「オーッホッホッホッホッホッホッ! よくぞここにたどり着きました! この私に会うために遥々と!」
 扉の前で王女のお付きの侍女に挨拶をしてから中に入ると、キャスリーンは毛皮が敷かれた豪華な椅子に座り、高笑いでみんなを出迎えました。
「あー。別にキャットに会うためじゃないよ」
 トリシアは訂正します。
「そこ、うるさいですわよ!」
 キャスリーンは、人さし指をビシッとトリシアの鼻先に向けました。
「ねえ、ついでだし、王女の生活について教えてくれない?」
「ついでとはなんです!」
「ほら、ケチケチしないで」
「誰がケチですの!」
「この先、予定がつまってるんだから、早くしてよね」
「あ、あなたという人は!」
「また始まった……」
 二人の毎度のやり取りに、レンがため息をつきます。
「……ま、いいですわ」
 キャスリーンは気持ちを落ち着かせるために深呼吸すると、胸を張り、みんなを見渡してから口元に手の甲を当てました。
「まずは自己紹介からいたしましょう。そう! この私こそ、アムリオン王家の正統なる第二王位継承者、第二王女のキャスリーン・ド・アムリオンですわ! 普段なら『美しく聡明で華麗なるキャスリーン殿下』と呼ばれる身ですが、あなた方には特別、キャットと呼ぶことを許しましょう!」
「……そうそう、最初にこの子をキャットって呼んだの、レンだったよね?」
「キャットのことを、美しく聡明で華麗なるキャスリーン殿下って呼んでる人、見たことないぞ」
 コソコソと話すトリシアとレン。
「そこ! 本当にお黙りなさい! 地下牢に叩き込みますわよ!」
 キャスリーンの声が一段と高くなりました。
「……な、なんの話でしたかしら? そうそう、私の華麗なる生活についてでしたわね」
 キャスリーンはせき払いをして続けます。
「この私、麗しのキャスリーンは、夜明けの少し前に目を覚ましますと、素晴らしく豪華な部屋着に着替え、身支度をします。それから軽くお茶をいただき、まずは音楽の勉強、そのあとがお作法の勉強、それから貴婦人のたしなみであるタピストリー織りの勉強にかかります」
「タピストリーって、あのド下手な織物のこと?」
「うん、あの下手くそなやつ。キャットが針と糸を持つのってさ、ゴブリンが斧を持つ手つきにそっくりだと思わないか?」
 と、またもトリシアとレンはささやき合います。
「……それからドレスに着替え、お父様やお母様、それにお姉さまと朝食を取りますの」
 キャスリーンは、まるでメデューサが人間を石に変える時のような目つきで二人をにらみ、続けました。
「朝食が終わると、馬車で『星見の塔』に向かいますわ。この私、麗しのキャスリーンは優れた魔法使いでもありますから、未熟な後輩たちに魔法のお勉強の手ほどきをしてあげますのですわよ。オーッホッホッホッホッホッ!」
「実際は、後輩に習ってるくせに」
「勉強してるより、居眠りやおしゃべりの時間が長いんだよ」
「……地下牢」
 キャスリーンは立ち上がると、ベッドの脇に下がっている赤い紐をグイッと引っぱりました。
 すると。
 ガゴンッ!
 床が二つに割れて、トリシアとレンはその下に落ちていきました。
「……こ、これは?」
 下をのぞき込んで、ショーンがたずねます。
「地下牢への近道ですわ。名づけて、『トリシアぽいぽい』。こんなこともあろうかと、作っておいたのです」
 キャスリーンはせいせいしたという顔になると、みんなを振り返って白い歯を見せました。
「ちょっと! レン先輩まで落とすことないでしょ!? 二人っきりにしてどうすんのよ、このダメ王女!」
 ベルが腰に手を当てて、キャスリーンにつめ寄ります。
「……もう一回ですわね」
 キャスリーンはまた紐を引きました。
 ガゴッ!
「って、きゃああああああーっ!」
 今度はベルが落ちていきます。
「これで静かになりましたわね。では、あの者たちが反省するまで、広間でお茶をいただくとしましょう」
「……あんた、悪党の素質、バッチリあるよ。あたしと組まない?」
 感心した顔をキャスリーンに向けたおしゃべりフクロウは、ピュウッと口笛を吹きました。