WEB限定 書き下ろし小説

トリシアと王都観光ツアー

東街区

 東街区は、西街区ほどの大きなお屋敷は少ないものの、きれいな家が並んだ場所です。
 ほんの少し赤みがかった石で作られた家々には、イラスト付きの看板が下がっていて、住居とお店を兼ねていることが分かります。
「ええっと、このあたりは外国からの輸入品とか、流行の服とか、宝石を使ったアクセサリーとか、高ーい物を扱う商店が集まっているの」
 トリシアが解説します。
「川沿いには倉庫街や、商船が停泊する港もあるんだ」
 レンも説明を加えました。
「へへへ、わたしは普段、中央広場で買い物は済ませるんだけど、たまにふんぱつして、このあたりの店に見に来るんだよ」
 トリシアは頭をかきます。
「見るだけか!?」
「……さすが……ビンボー医者……」
 ショーンとアーエスが顔を見合わせました。
「このあたりでトリシアが買い物する、ていうか、買い物できる店っていうと、薬草屋とお菓子屋と……そのくらいのもんじゃないか?」
 レンは苦笑します。
「いいじゃない! 見て回るだけだって楽しいんだから! ほら、入ろ! 見学見学!」
 トリシアはちょっとふくれっ面になると、通りがかった高級服店に入りました。

「いらっしゃいませ」
 やや暗い、落ち着いた感じの店の中では、きちんとした身なりの男の人が、ていねいにお辞儀をしてみんなを出迎えました。
「これはこれは、ショーン様。お友だちとごいっしょですか?」
「うむ」
 ショーンはうなずきます。
「え? この店って、ショーン、よく来るの?」
 トリシアは驚いてたずねました。
「知らずに入ったのか?」
 ショーンは偉そうにクイッとあごを上げます。
「ここはサクノス家の御用達の服屋なのだ。絹に羊毛、サテンにビロード、あらゆる種類の記事が、あらゆる色で揃っていて、ピッタリの服を作ってくれる。もちろん、そうした服を注文するには、時間も金もかかるがな」
「高いのかあ」
 レンはまわりに飾ってある見本の服を見渡します。
「……で、いくらぐらいするんだ?」
「まあ、一着でもトリシアの年収ぐらいはするだろうな」
「ショーン様をはじめ、サクノス家の方々には大変お世話になっております。それで本日はどのような品をお探しで?」
 お店の男の人は笑顔を振りまきます。
「はいはいはーい! わたしの服!」
 トリシアが手を上げました。
「はあ?」
「……買うの? ……ビンボーで……ケチな……トリシアが?」
 レンとアーエスが疑いの視線を向けます。
「か、買うわよ! …………………………ショーンが」
「僕がだと?」
 驚いたのはショーンです。
「だ、誰の服を!?」
「私の」
 と、トリシア。
「……それに……私の……も……」
 ちゃっかりアーエスも話に乗っかります。
「どうしてだ!?」
 ショーンには訳が分かりません。
「ほ、ほら、気前のいいとこ見せたら、またまたファンが増えると思うし」
 トリシアは目をそらし、適当な理由を口にしました。
 さすがにこんな話に引っかからないと思うのか、ちょっと顔がこわばっています。
「……増える増える……」
 アーエスも適当にうなずきます。
「あのさ、いくらなんでも……」
 頭を振ったのはもちろん、レン。
 ですが……。
「そ、そうか? ……なるほど、ファンが増えるなら、金貨の百や二百、たいした浪費ではないな」
 ショーンは納得しました。
「こ、こんなのに引っかかるか?」
 レンは開いた口がふさがりません。
「主人」
 ショーンは指をパチンと鳴らしました。
「このとてつもなくみすぼらしい二人が、みすぼらしく見えなくなるように服をあつらえてやってくれ」
「では、こちらに」
 トリシアとアーエスは、奥に連れて行かれました。
 レンやみんながしばらくそこで待っていると、ピンクの服を試着したトリシアが扉から出てきて、ちょっと恥ずかしそうにレンに聞きました。 
「これ、似合う? これと同じ感じの、作ってもらおうと思ってるんだけど?」
「似合ってるよ」
 レンはろくに見もしないでうなずきます。
「そ、そうかな?」
 トリシアは照れくさそうに笑うとまた奥に引っ込み、薄い紫のドレスに着替えて戻ってきました。
「これは?」
「似合う似合う」
「じゃあこれは?」
 と、次は黒とグレイを組み合わせた大人っぽい服。
「似合ってるよー」
「これはどう?」
 今度は水色と白の組み合わせ。
「似合ってるよー」
「これ?」
 今度は、緑に茶色の水玉模様がついた、ぶっかぶかのドラゴンの着ぐるみです。
「似合ってるよー」
「だーっ! ちゃんと見なさいよ! こんなもの似合う人間、いる訳ないでしょ!」
 トリシアは腕組みしてレンをにらみました。
「いつもは正直に『似合わない』とか『分からない』って言うと、怒るじゃないか!?」
 レンはそっぽを向きます。
「適当に答えるからでしょ!」
「センスが悪いんだ!」
「真剣に見てって言ってるの!」
「だから、見たって分かんないよ! 女の子の服なんて!」
「少しは協力してくれる態度見せたら!?」
「何言ったって、結局勝手に決めるくせに!」
 二人の声は、だんだん大きくなっていきました。
「ええい、やめんか! ツアーのみなさんがあきれ顔で観ているぞ!」
 と、ショーン。
「……これが……アムリオン名物……痴話げんか……」
 アーエスがみんなに向かって、余計な解説をします。
「違う!」
「違うわよ!」
 二人は同時にキッと振り返りました。
 結局、トリシアはお店の主人の意見を聞いて、薄い紫と緑を組み合わせたドレスを作ってもらうことにして、店を出ました。
 そうそう。
 トリシアが迷っている間に、アーエスは勝手にドレスとコート、それに帽子まで注文していたみたいですよ。