WEB限定 書き下ろし小説

トリシアと王都観光ツアー

「……じゃーん」
 ショーンだけを外に残したまま、アーエスが女の子の部屋を案内しました。
 ベッドは二段ベッドで、やや狭い感じもしますが、暖かい暖炉もあり、ゆっくり浸かれるお風呂も着いています。
「……ここが……禁断の……呪いの……魔界……」
 アーエスは壁際のベッドを指さしました。
 不気味な人形や、護符のようなものがたくさん、柱の回りに下がっています。
 呪いに使うものなのでしょう。
「お前のベッドってだけだろうが! まぎらわしい言い方をするな!」
 扉の外で、立ち入り禁止のショーンが怒鳴ります。
「へえ、ここなの?」
 トリシアは懐かしそうにベッドに触りました。
「これって、私が前に使ってたベッドだよ」
「……トリシアの……?」
 初めて知ったのか、ポカンと口を開けたアーエスはトリシアの顔とベッドを交互に見ます。
「……もしかして……呪い……?」
「違うわよ! 失礼ね!」
 トリシアはふくれて唇をとがらせました。
「……でも、思い出すなあ。みんなとよく、夜中までキャッキャって騒いでたよ。ベッドの上でピョンピョン跳ねて、壊しちゃったこともあったっけ」
「今でもそうだけど、うちの学校って男の子の方が前から大人しいよなあ」
 笑みを浮かべたレンは、みんなを連れて部屋を出て、上の階へと向かいます。
 三階は教室。
 魔法の解説の他に、数学や歴史といった普通の授業もここで行われるのです。
「せっかくだから、授業も受けるかい?」
 黒板の前に立ったアンリがトリシアにたずねました。
「げっ、授業!」
 トリシアは、生の薬草の葉を口いっぱいつめ込んだような顔になります。
「え、遠慮します! ていうか、今さら授業って!」
「……勉強嫌いだったんだ」
 アンリは肩を落としました。
「ち、違いますったら! ただ、どうしても苦手っていうか、わたし、考えごとすると脳がかゆくなるっていうか……?」
「変わった病気だな」
 と、冷ややかなショーン。
「自分で自分の診察した方がいいんじゃない?」
 ベルもふんと鼻を鳴らします。
「そもそもさ、君、授業中ずっと先生の顔を見ているか、寝てるだけだったろ?」
「やっとまともに勉強するようになったのは、医者になると決めてからですわよねえ」
 レンとキャスリーンは、ここぞとばかりにトリシアの過去をバラしました。
「ねえねえ、この塔って、ずいぶん古くてオンボロに見えるけど、あんたが学校始めるまで何に使ってたのさ? もしかして、財宝庫とか?」
 教室に来るのは初めてのおしゃべりフクロウが、興味津々の表情でアンリに質問します。
「僕が学校を始める少し前まで、塔はなかったよ。ここはただの庭だったんだ」
 アンリは頭を横に振りました。
「ちょっと、こんな塔がポンと生まれる訳ないでしょが?」
 おしゃべりフクロウは覆面の下の眉をひそめます。
「ごめん、言い方が悪かったね」
 アンリは魔法のことをよく知らないおしゃべりフクロウに、最初から説明することにしました。
「星見の塔は、実は七つの魔法院のひとつ、『時の魔法院』の跡だったんだよ」
「『時の魔法院』?」
 おしゃべりフクロウは首をかしげます。
「僕らの使う魔法は、地、水、風、火、光、闇、時の七種類に分けることができる。それぞれの魔法は、何世紀も前から別々の魔法院で伝えられてきたんだ」
「ど、どうしてですか?」
 今初めて聞いたような顔になったのはトリシアです。
「習った、前に習った。基本中の基本だろ?」
 レンはこめかみを押さえます。
「魔法は不可能を可能に変える力であると同時に、危険な力でもあるんだ」
 アンリはトリシアとおしゃべりフクロウの二人に優しい瞳を向けました。
「だから、その力のすべてが一部の者の手に集まってしまうのは危険だと、昔の魔法使いたちは考えたんだよ」
「アンリ先生が育ったのは、『水の魔法院』?」
 と、トリシア。
「そう。だから今でも、水の魔法が一番得意かな」
 アンリは微笑みます。
「七つの魔法院でバラバラに教えられてきた魔法をひとつにまとめたのが、アンリ先生なんだ」
 レンは自分のことのように誇らしげに言いました。
「……そうするのがみんなの願いだったんだ。僕を守るために命を落とした、数多く魔法使いたちの」
 アンリは少し、遠い目になりました。
「僕はいろいろな土地を巡って、古い魔法を集めていった。『時の魔法院』を発見したのはその途中でのことだよ。この魔法院は、ずっと時間と時間の間に隠されていて、この場所に建っていたのに、誰にも見つけることができなかったんだ」
「アンリ先生が発見するまでは!」
 トリシアは甘えて、アンリの腕にしがみつきます。
「……あたしが同じこと、レン先輩にすると怒るくせに」
 その様子を見て眉間にしわを寄せたのは、もちろんベルです。
「僕と、アムがだよ」
 アンリは小さな妹の面倒でも見るように、ポンポンとトリシアの頭に触れました。
「アムがいなければ、僕ひとりじゃ見つけられなかっただろうね」
「……なんか、ちょっと妬けるかも」
 トリシアは面白くなさそうに視線をそらします。
「ほらほら。見学を続けるぞ」
 レンはトリシアの首根っこをつかんでアンリから引き離すと、みんなの方に向き直ります。
「この上の四階は実習室で、魔法を実際に授業で試す時に使う部屋。その上は図書室とアンリ先生の部屋になっているんだ」
 四階の実習室は魔法の結界が張ってあり、多少のことでは崩れないようになっています。
 大きな机があり、そこにいろいろな実験道具が乗っているところなどは、こちらの世界の理科室に似ているかも知れません。
 実習室はもともと五階にあったのですが、トリシアの魔法の失敗で屋根に船が突っ込んでからは、より安全な四階に移動になったのです。
「僕の部屋は……見学の必要あるのかな?」
 実習室をざっと見たあと、階段を上りながらアンリが首をかしげます。
「ぜひ!」
 トリシアの瞳はキラキラと輝きます。
「でも、たいした物はないよ。見れば分かると思うけど……」
 アンリは苦笑しながら扉を開けました。
 すると。
「あ」
 そこにいて、あたりを散らかして探し物をしていたのは、眼帯をしたむさくるしい中年男。
 盗賊のヴォッグ・ヴォルドです。
「おやおや……」
 頭を振るアンリ。
「お、俺は何もしてねえぞ! ツアーの隙を狙って、ここにある魔法の品を盗もうなんて、全っ然、思ってねえからな!」
 ヴォッグは高そうな魔法の本を手にしたまま、首を横にブルブルと振ります。
「ましてや、それを売っぱらって、大もうけしようなんて!」
「白状してるじゃないのよ!」
 トリシアが腕組みをしてにらみます。
「自分からペラペラと」
 あきれた顔で髪をかき上げたのはキャスリーン。
「やっぱり、小悪党だね」
 レンもため息をつきます。
「という訳で、思う存分やっちゃってかまわないわよね? ……炎よ、来たれ!」
 トリシアの手の中に、オレンジ色の火の玉が生まれ、だんだん大きくなっていきました。
「わっ! ちょ、ちょっと待て!」
 ヴォッグは真っ青になり、後ずさります。
「さあ、吹っ飛べ! バラク・ティール!」
 ドッガーン!
 巨大な火の玉がヴォッグに命中します。
「出番、これだけかよおおおおおおおおおーっ!」
 ヴォッグはそう叫びながら、屋根を破り、城壁の向こうまで飛んでいきました。
「……また修理しないとね」
 アンリは屋根に開いた穴から夕方の空を見上げてクスリと笑います。
「すみません、いろいろと」
 レンは済まなそうに肩を落としました。